小説「ユメノミライ」③
注文したメニューが出揃い、俺らは食べ始めた。過去のデートでも食べている時だけは口数が少なく、食べることに集中した。ユリは昔から食事には気をつかい、外食であっても肉や野菜などをバランス良く食べていた。
大方食べ終えて、アイスコーヒーとデザートをそれぞれ注文した後、ユリは話し出す。
「ヒロシは何もわかっちゃいないのよ。」
そう言って、俺のグラスにお冷やを注ぎ足した。
「夢を信じているのかも知れないけど、実際そうとは行かないときだってある。」
ユリは腕を組みながらそう言い、俺は少しだけ顔を歪めていた。
「今までは100%だったんだよ、夢の予想的中率。それが一瞬にして100ではなくなった。100に限りなく近いけど100ではない。」
ユリはふーん、と言ってこちらを見つめた。その大きな目に吸い込まれそうな気がした。
「きっと私の未来が、ヒロシの夢予想に当てられるほど単純ではないってことよ。」
その通りかも、と少し思ってしまう。絶大的な誇りを持っていたものが大きな音を立てて崩れていくようだった。
「人生が変わるチャンスよ。」
とユリは親指を立て、微笑んだ。俺もつられて笑った。
俺とユリはファミレスを出た後、デパートで日用品などの買い物をした。一緒にプリクラを撮ったり、お互いの服なんかを選んだりもした。
帰り道はユリの方から手を繋いできて、俺は緊張してぎこちなく歩いた。
その頃には辺りは暗く、街灯がつきはじめていた。
秋も近づき、冷たい風が肌に染みる。満月がひょっこりと姿を現し、星がまばらな雲を避けながら光を放っていた。ユリの家の前で繋いだ手をゆっくりと離した。
ユリはまた明日ね、と言って玄関で手を振る。
また明日と言って帰ろうとしたが、すぐにユリは俺を呼んだ。
「そう言えば、私の家入ったことないよね、
上がっていきなよ。ゆっくりお話でもしない?」
「いや、いいよ。遅いと親が心配するから。」
ユリは少し不満げな表情をする。
「できるだけ一緒にいたいから。」
ユリの振り絞った声に、俺は胸がドキッとした。
そうして初めて、ユリの家に上がった。一人暮らしの女の子の家にお邪魔することに少し罪悪感を覚える。
テニスのオリンピック選手のサインなどが飾られていた。それは以前ユリの実家にあったものだった。
あんまりじろじろ見ないでよ、とユリは恥ずかしそうに言って、ソファーに座った。
俺はソファーの下の地べたにあぐらをかいて座る。
しかし、ユリはソファーの隣に座るよう促した。俺は慎重にユリとは少し離れて座った。
一時間ほどユリと話しただろうか、壁に掛けられた時計の短針は8と9の間を指していた。
俺は徒歩20分くらいの距離を歩いて帰ることにした。タクシーを使おうかとも思ったが結局やめた。
何気なく空を見上げると、天の川のような星の大群がまばゆく輝いていた。普段、見ることない夜空はとても綺麗だった。
俺の未来はどうなってしまうのか、なおも不安と恐怖に襲われていた。
その後は、とにかくバイトに励んだ。週5~6日のシフトで、休みの日はユリと過ごす日々を送った。
勉強も少しずつ行い、予備校に足を運んでは講義を受けたり、模擬試験を受験した。成績もそれなりには上がってきていた。
そして、夢で見た通りの出来事は相変わらずに起こった。ただ、ユリとの時間だけは全く展開が予想できなかった。
それが俺にとって唯一の楽しみとなり、人生を明るく照らしているのかもしれない、そう思い始めた。
北海道に旅行に行きたい、とLINEが来たのは一週間ユリと会っていない時だった。
俺は、バイトのシフトを代わってもらえるよう調整すると伝えたが、何かが引っ掛かった。
この頃に北海道で何かが起こった夢を見たのだ。
どのような夢だったかを必死に思い出そうとする。
ユリがそもそも俺の夢に姿を現していないことで、さらに頭を悩ませた。
北海道で大規模な停電が起こる。台風と地震が同時に来るのだ。
人々は逃げ惑い、食料不足に見舞われる。
暗い避難所や仮設住宅で一ヶ月以上過ごす。
そんな光景がよみがえってきた。
俺はすぐにユリに電話した。
「ユリ、今回は北海道はやめよう。また別の機会にしよう。」
「どうして?」
俺は見た夢をそのまま説明した。
しかし、ユリは納得がいかない様子だった。
「必ず起こるんだよ。だから、」
するとユリは言葉を遮った。
「でもさ、今も私と付き合ってるのは予想外な訳だよね。それで未来は変わってるんじゃないのかしら。」
そんなことはない、と強く否定する。
「あくまで、ユリとの過ごす時間は予想外だけど、それ以外は夢で見たとおり、ちゃんと起きてるんだよ。」
次の日の夜、俺はユリと会った。
俺らは居酒屋で晩飯を食べることにし、酔客で賑わった店内に入る。
カウンター席に座ると、近くにいた男が話しかけて来た。
「ヒロシじゃん、久しぶり。まだ付き合ってたんだなお前ら。」
そう言って男は日に焼けた顔からニヤリと白い歯を見せた。明るい金髪で前髪は目にかかっていた。
えっと誰だっけ、と尋ねる。
「タカユキだよ、高校三年の時同じクラスだっただろ。」
ユリもポカンと口を開けて、彼を見た。
タカユキは高校の時、野球部だった為、ずっと坊主頭だった。
「てっきり、別れてると思ったよ。大して仲良く見えなかったし。」
ユリは少し頬を赤らめ、
「私はヒロシと結婚するの。失礼すぎるわよ。」
と言って俺の腕にしがみついた。
へえ、とタカユキは驚いた様子だった。
そして、結婚すると初めて言われた俺もびっくりして、開いた口が塞がらない。
「ユリは綺麗になったなあ。ヒロシは相変わらずパッとしてない。」
タカユキは顔を赤くし、ジョッキのビールをくいっと飲んだ。
居酒屋を出たのは21時過ぎだった。
酔っ払いの人ごみが騒いでいる中を少し歩いた。そのうちにタクシーを呼ぶことにして、ユリの家に向かった。
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