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イシュマエル ヒトに、まだ希望はあるか(著:ダニエル・クイン) 読書感想文

イシュマエル ヒトに、まだ希望はあるか(著:ダニエル・クイン、訳:小林加奈子、ヴォイス、1994)


ライターの主人公が、イシュマエルという名のゴリラと、人類が世界を救うにはというテーマで対話するという小説である。
人類というものについて考えるヒントになる学術的な小説でもある。
人間は「取る者」(いわゆる文明人)と「残す者」(いわゆる未開人)に分かれるという。さらに私たちの文化の人間たちは、人と世界と神々について同じ一つの物語を演じているのだと。そして残す者と取る者は二つの異なる物語を演じており、残す者の物語は順調に今も変わらず進んでおり、取る者の物語は明らかに破局を迎え終演しようとしているのだという。
作中ではイシュマエルにより、まず創造という全宇宙のクライマックスが人類であり、世界は人類のために創造されたという考え自体が実は『神話』であると指摘される。そして物語には「始まり」と「中間」と「終わり」があるという。それらを分析していく。これが我々取る者たちの物語であり、更に章を進めていくと、農業改革、生命の共同体の役割、そして残す者の物語と、人類がいかにしてここまできたかがレクチャーされていく。これらの物語と物語の関連性が見えてくるととても面白い。

しかし同時にこうも思う。この本は、著者のダニエル・クインは、欧米の、キリスト教が抱える問題、とりわけ白人主義の問題に立ち向かったにすぎないのではないか?
キリスト教信者でなく白人でもない私はどうなるのか。
また、人間の後継者がこのままでは現れないというのも、今の時代首を傾げる人が若干出てきてもおかしくない気がする。書かれた時代的にしょうがないかもしれないが、AIもしくはさらにその先の可能性の存在についてはどう定義し捉えていけばいいのか。

と、多少の疑問はあるが…ここまで知的で学術的にスリリングな小説も珍しい。
著者ダニエル・クインの博学さには心底驚いた。この著書は図書館から借りたが今買おうとしたら日本語訳版は絶版になっており、古本でも高値で取引されている。
自分の疑問点は抜きにしてもまずはもっと沢山の人々に読んでほしい一冊だがそもそも手に入りづらいのはとても惜しい。
日本語訳版の復刊が待たれる。

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