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武満徹著作集1(著:武満徹)読書感想文②

武満徹著作集1 所収『樹の鏡、草原の鏡』感想文

(武満徹著作集1には『音、沈黙と測りあえるほどに』と『樹の鏡、草原の鏡』の二つの著書が所収されている。今回は②と題して『樹の鏡、草原の鏡』の感想文を書いてみたいと思う)

ちなみに① 『音、沈黙と測りあえるほどに』の感想はこちら、

即興は、旋律とリズムの音階(施法)に魂を委ねてはじめて可能になる。そして、音階はまたその時にはじめて姿を顕わす。それは日々生まれ変り、特定の日や時間、特定の場所、また特定の内的な情景と深く結びつく。音階は人間が歩む道であり、果てしないが、その無数の葉脈のような道は、いつか唯一の宇宙的な音階へ合流する。それは「神」の名で呼ばれるものであり、地上の音階は、「神」の容貌を映し出す鏡の無数の細片なのである。

p.235


一見すごく美しい文章に思えるかもしれないけれど、実はこの文は武満さんの焦燥と苛立ちからきているものなのだ。

かつて、私は西欧という一枚の巨大な鏡に自分を映すことが音楽することであると信じていたのだが、邦楽を知ったことで、鏡は一枚ではなく他にも存在するものであることに気付いた。
やがて西欧という巨大な鏡の崩壊する音が、私の耳にも響いてきた。(中略)
私にとっては、西が駄目なら東というようなことは考うべくもなく、それに、西欧文明・文化の凋落の劇は、私(たち)の内部において既に起ったことなのである。

p.235

武満さんは邦楽(日本音楽のこと。武満さんの言う「邦楽」とは、「町=都会の性格が強い芸術的伝統音楽」、例えば江戸時代に大成した、義太夫節、長唄、常磐津、清元、富本など。それと、「村の音楽である民謡等」である)に出会う。
そして、武満さんは深く悩む。錯綜していく。
自分のルーツそのものが、自己を強く規定していたものが崩壊していく。
しかしそれはとっくにどこかで気づいていたのだ。しかし気づかぬふりをしていたのかもしれない。
自己のルーツがよりによって日本(日本人である自分)のルーツに破壊されるその武満さんの悲鳴が聴こえてきそうだ。

個人が音楽において果す役割について考えてみると、私が現在行っていることはいかにも傲岸に思われてくる。作曲の多様な手段で自己を主張し、自分を他と区別することにのみ腐心して来たのではないか、と暗然たる思いである。(中略)
音楽は生きることのひとつの形式にすぎないのだが、この、何でもないことを何でもなく為すことが、このように困難であるのはおかしなことだ。(中略)
人間の存在は、個々には音階のひとつの音のようなものであり、一個にしては完結するものでなく、だが、この自明のことを行いに反映することは、この社会(近代)においては極めて難しい。

p.252

私は、たぶん、未だにひとつの歌ーー旋律をうたいたいと思いつづけているタイプの、あるいは古風な作曲家であるかもしれないが、旋律のひとつの持続によって到達したいのは、その持続のなかで味わう歓びや苦しみを超えた場処なのであって、ただ、私はそれを永遠とはよべないのだ。(中略)
私には、うたうことは何もないように思えるのだが、それでもその欲求を捨てきれずにいる。しかし、それは誰のためにうたわれるうたであるのか。青春の時期に、私は自分のためにしかうたわない、と書いたが、現在ではその不遜さが懐しくさえある。なぜなら、いま私ははるかにその時より傲岸であるように思えるからだ。

p.252,254


武満さんのいう「神」に近づこうとすればするほど、この現代社会においては、自分はますます傲岸になり、しかし、うたいたい(つくりたい)という欲求は止まらない。
武満さんの苦悩は今の作曲家およびクリエイターたちにもよくわかるのではないか?

武満さんは、音楽というものを本当は誰に捧げるべきなのかと悩み続ける。観客だけでいいじゃないかと思うかもしれないけれど、それだけでは納得がいかないというのが武満さんの業である。

そして、武満さんは「音楽」とは関係の中にあるものであり、またその関係をのぞむものであり、個人が所有できるものではないと考える。
武満さんの考えの根底には常に「他者」というものがあったのだ。

現代において音楽は無力かもしれない。社会変革などもっての外だというようなことを武満さんは言う。でも捨てることはできないとも言う。なぜなら武満さんにとって生きることの役割は音楽しかないからだ。

そして、武満さんは西欧と日本、二枚の「鏡」に挟まれながらこう宣言する。

私は、二枚の鏡がつくりだした私の内面の無限の迷路を彷徨しつづけよう。そして、そこに起こるべき対立や矛盾を曖昧にやり過ごすことをせずに、いっそう激化したいと考えている。そのなかで、私は「音楽」というものを問いづけよう。

p.262-263

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