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筆36 私の夢の長期ビジョン 2/4

▪️ 夢の長期ビジョンの総論

芸術の力を利用して恒久平和を成す、という夢を追うためのビジョンを説明しようと、その前提の理解として必要な「私的思想」を前回で表顕した。ここからは、ようやく本題である”長期ビジョンの立案”に取り掛かる。私の夢の長期ビジョンについて、まずは総論を壮語したい。そこで、生きる上での、私のモチベーションについて、重ねて引用させていただく:

私はこの身体を、この命を、この人生すべてを全力で人の為に使い切りたいのである。それも、一人とか二人とか少人数の為でなく、多くの国々の、地域の人々、何千万の人々の為に有効な手段を以て能率的に捧げたいのだ。そうして人の役に立って死にたいのである。それが、人生の最大の目標であり、最大の夢でもある。

たった一人のパートナーを愛することではなく、一人でも多くの人を愛し救いたい、と思うことの観念的根拠が、上の一説には含意されている。私も結婚がしたい(単婚に依る。)し、無双の家庭を築きたい;浮気くらいしたって構わないだろう、などと野暮な主張を展開する気は更々なく、もちろん、たった一人のパートナーを愛し抜くことが人生における重要事である、と考えている。しかし、私の生のモチベーションを慎慮(しんりょ)すると、それを第一のこととして死守するべきであるとは認められないのだ。どちらも大事であるけれども、第一は前者ではなく後者、つまり「一人でも多くの人を愛し救」うことなのである。

だからこそ私は、恋愛とか結婚とかではなく,〈音楽という力を利用して人類の恒久平和を実現すること〉を、目当ての前面に掲げるのである;だからこそ私にとって,〈音楽という力を利用して人類の恒久平和を実現すること〉が、人生最大の目標であり、最大の夢なのである。

殺人を含む紛争とか、治療可能な疾病とか、予防や事後処置ができそうな自然災害とかで人が亡くなる、ということがどうも思念的に許せない。それらから人の命を守る、そのことが私にとっては「人が喜んでくれたり、面白いと思ってくれることや感じてくれること」なのだ。人に迷惑を掛けたり不快にさせたりしないよう努めながら、紛争や疾病や天災から人の命を守る — 私のポリシーに即した生き方を実践すると,〈音楽という力を利用して人類の恒久平和を実現すること〉が人生最大の目標となり、最大の夢となるのは、ポリシーと私の愛好する芸術とが、私の内面で交錯するからである。

嘗て、この最大の目標で且つ最大の夢であることに関して、作述した文章が残っているから、それを次に引用する:[私の夢の]

実現のため,「世界中を飛び回り、紛争や戦闘の続く地域へ訪問して人々の生活や環境、また戦禍をこの目で直接確認し、そうした地域における、国々における政情を把握した上で政界への働きかけなどにもっと深く踏み込」むことが肝要であろうと考えている;
私の(広大で且つ壮大な)夢の原点は「人類の恒久平和の実現」にあり、そのために「音楽」の力を利用して、全人類の総軍備を限りなく縮小し且つ武器・兵器の段階的な全的削減に尽力したいというのが、人生最高の目標であり、人生最大の夢なのである。

ところで、長期ビジョンの総論においては、重点的に注力するテーマを定める。現在のところ、これは9つある。それらのテーマに集中して力を注ぐことで「人類の恒久平和の実現」を果たす、ということが明白な魂胆である。ここで定めるテーマに沿って、今後の諸々の取組みはそれぞれの方向性を見出すこととなる — 以下に簡潔に提示していく。

【重点テーマ1】
1つ目は〈世界中の紛争の恒久的停止〉である。紛争が継続したり新たに勃発し得たりする環境が維持されている状況は、断じて平和と称し得ない。国家的紛争やその他組織的紛争(広義に依るテロ集団とテロ集団との紛争や、テロ集団と国家との紛争を例えば想定する。)を、根刮ぎ撲滅するために、物理的暴力を伴う、世界各地のあらゆる紛争を、休戦に至らしめるなどして停止させる、このことを本テーマは意図するものである。ポイントはそれを「恒久的」に施すことだ。宛らまずは、芸術家が取り組むときにはどのような方法論が可能であるのか、について芸術家のグループで洗い出し、必要な仕組みづくりを弁証法的に深慮していくことが先決である。

【重点テーマ2】
2つ目は〈各国間の友愛関係の促進〉である。本テーマは(国際政治学的にいう)協調主義や理想主義を根拠として、軍備の拡張を平和の根拠とはせず、外交や文化的な市民交流などによってもたらされる”信頼”こそが,(真の)平和を導出すると考えることによる。また、芸術家の構想としては、当然ながら、国籍や民族を超えた友好関係構築につき、芸術をツールとして初めて可能であると見る。芸術は嘗て、例えば世界大戦の折に、紛争を助長するツールとして用いられたが、専ら私は、友愛関係の促進に活用するのだ。芸術は友愛関係の促進を主の目的として、どのような場合でも活用される、このことと長期ビジョンとを本テーマは紐帯するのである。

【重点テーマ3】
3つ目は〈各国の常備軍の全面廃止〉である。このことはドイツの哲学者=イマヌエル・カントも主張したことだ — 導出する論理プロセスには相異があろうけれども。考えるに、紛争(危害を伴う。)の手段が残存する状態では人類の平和構築は不可能である。例えば、北朝鮮の核放棄にアメリカが長年苦戦しているのも、愚見に依れば、アメリカ自身が核放棄できない、安全保障上の構造的困難を抱えている、すなわちアメリカが核放棄できない、という純理を以て説明が付く。世界の合計軍備量が0であれば、抑止力という論理も不要である。平和の真意は、暴力手段の根絶にこそ見出せるものである。ここでの芸術家の仕事は、表現のなかにロビイングの色を塗り籠めるということにおそらく絞られるだろう。

【重点テーマ4】
4つ目は〈武器・兵器の完全処分〉である。これは3つ目のテーマと関連するが、テロ集団に焦点を当てると、その重要性が忽ち浮かび上がる。世界システムにおける大規模アクター(国家)のレヴェルでは想像できないほど、小規模アクターであるテロ集団のレヴェルでは火器使用の偶発的危険は起こりやすい。また無論、このテーマは、新兵器の製造・開発の永久的中止というサブ・テーマを含んでいる。処分する作業の担当者は国連がその候補であり、新兵器の製造中止は国際法が強力なツールとなることに紛れはない。そして、強く意識を向けなければならぬことは、ロシアやアメリカといった軍事大国においては、軍需産業が頗る幅を利かせている、ということである。芸術家にこの難境を善処できるだけのパワーと戦略が持ち得るのかは、丹念な議論が求められる。莫大な既得権は構造的問題であるから、どこかの段階で世界中の政界との連携が強いられるであろうか。

【重点テーマ5】
5つ目は〈世界平和に対する国際協議の継続の提案〉である。安全保障理事会には理事国の制度が設けられ、それらの国々は拒否権を持っているため、国際平和のための議論が度々紛糾している。国連における環境分野の議論などでは、民間のパワーと戦略が有効であることは、これまでに良く示されていることだが、これは安全保障の分野でも同様なはずである。軍部が関係する、さまざまな協議において、多くの場合で外交官の努力は並々ならぬものであることは、まったくいうまでもないが、それでも平和への大切なプロセスが断絶されることはしばしばである。芸術というツールを有する民間の介入が、そこにどれだけの役割を果たせるかに、夢の長期ビジョンを基材に挑まんことを、本テーマは誓うものである。

【重点テーマ6】
6つ目は〈人類発展を踏まえた現代人権擁護〉である。「人権擁護」に「現代」を冠したのは、これまでの人権啓発運動が成し得てこなかった諸例を首尾よく上書きせん意気を示すためである。人類がたとえ対立を来しても殺合いに至らない世界をつくり出すには、人権を最高級の尊重で取り扱うことを如何なる場合も徹底することが必須ではないか。延いてはそれが、人類の史上最高の発展(物理的暴力に物をいわせ利益を貪る方法から完全かつ不可逆的に脱却しての悟性的発展)につながると信ずる。人類の平和構築において、人権を尊重することの重要性は甚だ高い。本テーマに関し芸術が助力できることは、民衆の間に人権を敬仰(けいぎょう)する意識を醸成することである。

【重点テーマ7】
7つ目は〈非暴力民主化〉である。イギリスの政治家=ウィンストン・チャーチルに拠れば、民主主義は最悪の政体である。しかしそこに、人類に恒久平和をもたらし得る潜在性を見出す希望くらいは、持って好いように思われる。芸術をツールにした、平和教育(殺合いを手立てとしないで、利害衝突の解決を図る手法を学習し合うための諸活動)を含む啓蒙活動を不断に展開し、民衆に熱い言議を促すことが、長期ビジョンにおける本テーマの意図することである。これが全世界的に進行すれば、私たちの理想世界は一層近付く。ただ、そのときに忘れてはならないのが、暴力(物理的なのだけでなく、心理的なのをも含む。)を利用しないことなのである。なお、芸術が平和教育に活用されている実践的な例は、昨今本当に区々である。

【重点テーマ8】
8つ目は〈保健衛生〉である。「人類の恒久平和の実現」のためには、人々が健康を維持することのできる環境が十全に確保されていなければならぬ。なぜなら、健康は人の最も欲するところにあるからだ。これが害されるとき、人は横暴・乱暴になり易い。世界各地で最低限度の医療設備が常時準備されていることが、恒久的な平和態勢の建築に欠かせないのである。なお、医療設備の準備の費用は、芸術(作品)のビジネス化によって(確実に)調達ができる。

【重点テーマ9】
9つ目は〈慈善事業〉である。些か観念的な話だが、人の世界というものには大なり小なり反目が付き物だと私は思っている。だから、これを絶滅に追い遣るのは、人を人でなくすことと同義であると、憚り乍ら信じている。これを殺戮の事態にまで及ばさずに円満な解決に近付けるには、根本的なところで”慈善事業”が大いに資するはずである。なぜなら、不幸・災害に遭遇し困窮している人々を救援しようという心意を, ”慈善事業”は人のあいだに滑らかに育み、ときに殺戮を招引する”憎悪の連鎖”を、断ち切り易くしてくれるからだ。便宜的に”慈善事業”を”フィランソロピー” (philanthropy) と称し代えると、音楽をキーワードにする限りで, 1985年の「We Are The World」や「Live Aid」といった先例が挙げられる。(続)

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随筆家・竹中ゆうすけ
サポートいただきました分は、私の夢である「世界の恒久平和の実現」のため、大切に使わせていただく所存です。私は日々、夢に向かって一歩ずつ── ときに半歩ずつ── 邁進しています。