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春うららかな快晴の日曜日に、一万五千文字のブラック企業をつくる方法を書いたが、全くバズらなかった話【理科系の作文技術】

ブラック企業をつくる方法という記事をかいた[1]。

これは、もちろん、”ブラック企業をつくる方法”と銘打った、”ブラック企業(的なメンタリティ)を見分ける方法”である。僕はブラック企業的なメンタリティを持つ人が一掃されればよいと思っている。この記事を逆説的な警句として書くことで、就活生や転職中の人がブラック企業を避けるのに役立てばと考えていた。

この記事を書くのには結構な労力を費やした。主に心理学に関する学術書と一般書、論文とにらめっこしながら、ブラック企業が使ってきそうなテクニックである”羞恥心を刺激する”、”罪悪感を抱かせる”、”学習性無力感を覚えさせる”といった事を細かに洗い出した。ひどいテクニックである

春うららかな快晴の日曜日に何やってんだ、と思った。だが、僕は丸一日かけて、参考文献を引きながら、暗い部屋の中で記事を書いたのだ。ブラック企業の撲滅を願いながら。

そして完成したのが、この記事である。約一万五千文字の大作である。

僕は、自分の記事の切り口と完成度を見てこう思った。「ブラック企業の撲滅のために、逆にブラック企業の作り方を述べる。なんてセンセーショナルなんだ。もしかするとバズっちゃうかもしれない。あるいは出版の話も来てしまうのでは?はたまた、インタビューの依頼が来て一躍有名になってしまうかもしれない。急にそんなことになったら困るなあ

僕はイキり倒した。しまいには記事がバズって急に著名になっては困る、と心配までした

結果的にその心配は杞憂であった。全然バズらない


その記事のスクショ
このうち一つは自分で押したスキ

なぜだ……

もちろん、僕のフォロワー数が尋常でなく少ないという理由は大いにある(noteは現時点で9人、Twitterは23人である)。というか、原因の大半はそれであろう(※2)。逆にいえば、何故このフォロワー数のアカウントで発表した記事がバズると考えたのか、その方が不可解である

しかし、それだけではない。

この記事は、内容も切り口も驚きのセンセーショナルさではあるが、実はなんと、五年ほど古いのだ

五年くらい前にこんな記事がアップされていた。

それだけではない。


シラナカッタ……

僕はどうも流行におくれるきらいがある。時流に敏感に生きようとして、乗り遅れずにはいられないらしい。

というわけで、今回はがっつり車輪の再発明をしてしまった(※3)。

サーベイをちゃんとしなければならないと、学生時代にさんざん頭に叩き込まれたというのに……

博士課程の頃に苦労した事を何一つ活かしていない自分に絶望した。

そして、その博士課程の思い出に引っ張られて、思い出したひとつの書籍があった……

理科系の作文技術

理科系の作文技術[2]
調査報告、出張報告、技術報告、研究計画の申請書など、好むと好まざるとにかかわらず、書かなければならない書類は多い。
このような書類を書く際にまず考えるべきことは、それを読むのは誰で、その文章から何を知りたいと思っているかである。それに応じて自分は何について書くか主題を決め、最終的にこういう主張をする、という目標を定めて書き始める。
著者はまず、この目標を1つの文にまとめた目標規定文を書くことを勧める。そうすることで明確な目標意識を持つことができ、主張の一貫した文章を書くことができるというわけである。そしてその目標をにらみながら材料をメモし、序論、本論、結論といった原則に従って記述の順序や文章の組み立てを考え、すっきりと筋の通った形にしていく。本書では本論の叙述の順序、論理展開の順序、パラグラフの立て方から文の構造までを解説し、日本人に特有の明言を避ける傾向と対策、事実と意見の書き分けについても触れている。
実際に著者が書いたメモや論文の一部など具体例がふんだんに盛り込まれており、わかりやすい。いかに簡潔な表現で筋の通った主張をし、読む人を納得させることができるか。理科系ならずとも、論理的に思考し文章化することは、常に求められる能力である。本書ではそれに必要な技術、フォーマット一般が整理されており、参考になる。多少語調が古い感じもするが、それも再版を重ね、多くの人に読まれている証であろう。(宮崎 郁)

Amazon「理科系の作文技術」商品紹介ページ(https://amzn.asia/d/hrAi2QY)

この本の著者、木下是雄は物理学者として、専門の研究をする一方、日本語教育に関する著書も多く執筆した[3]。

文章を書くにあたって、この本はとてもいい指針である。特に論文を書くことにおいては、とても参考になる。学術論文の書き方、いわゆるアカデミックライティング、というのはルールが明確に決まっている。そのため、体系だった作文技術の本というのは非常に参考になるのだ。

この本に書かれているのは、主題の選定、情報の収集 (サーベイ)、パラグラフライティング(※1)、事実と意見を分ける、などの技術や心がけである。

もちろん、博士課程の時、僕はこの本で書かれていることをしっかり意識し論文を書いた。特にサーベイの部分は肝である。原著論文を投稿する際に、自分の論文の内容が先行研究と同じでないことを確かめる必要があるからだ。

しかし、この本を読んでいた際、ある部分が僕の目を引いた。

私自身は研究のための文献探索に関して異端的な見解を持っている:仕事をはじめる前に文献を読みすぎると、新鮮な気持ちで仕事に取り組めなくなる。むしろ、右顧左眄せずに、一途にぶつかって行くほうがいい

「理科系の作文技術」p.29

研究を始める前に文献調査をしすぎるな、ということだ。

もちろん、この本では研究や文章を書き始める前に徹底的に文献調査をするべきだと強く勧めているのだが、それはそれとして、著者の個人的な手法としては、研究した後に文献調査を行うらしい。

著者は一流の物理学者でもある。

僕はふーん、そんなものか、と思いそのまま流していた。その後悲劇が訪れることも知らずに。

僕は幸いにも、博士課程の時、しこたま審査委員会の先生達に怒られたので、理論武装のために先行研究のサーベイを死ぬほどした。おかげで、投稿しようとした論文が先行研究と重なることはなかった。

しかし、博士を修了した後も、なんとなく、あの研究をやってからサーベイするという文言が心に残っていたのである。そして著者は一流の物理学者である。

今回は研究ではないのだが、僕は学術的な知見をふんだんに盛り込んだ一万五千文字の記事を書いた。文章を書くための材料集めとしてのサーベイという意味では、学術的書から一般書から論文から読み漁ったので、結構頑張ったと思う。

だが、インターネット上のブログなどはまったくもってサーベイしなかった

そうして悲劇は幕をあけた。

この記事の切り口にはめちゃくちゃ先例があったのだ

前もってググれよ……おれ……

そんなこんなで春うららかな快晴の日曜日を暗い部屋でつぶして書いた記事はまったくバズることなく、ネットの海に沈んでいった


うち一つは自分のスキ

一流の物理学者がやっている方法は、まったくもって一般人が参考にするものではないのだ。

著者はこうも書いている。

第一、私は自分の流儀をひとに勧める気はない。これは、せっかく何かを発見したつもりでいると、最終段階になってから先例を発見してガッカリ、ということになりかねない危険なやり方なのだから…….。

「理科系の作文技術」p.29

皆さん、なにか記事を書く際は同じような記事がすでにネット上にないか、努々お気を付けください。特に春うららかな快晴の日曜日に、一万五千字の大作を書く際には……

備考

※1. パラグラフライティングとは、パラグラフ(段落)を基本単位とした、構造を意識した文章の書き方のこと。英語で文章を書く際はこのパラグラフライティングを習得するのは必須である。日本語でも学術的な文章を書く際はパラグラフライティングを十分に意識する必要がある。

※2. 逆に、記事にスキをしてくれた5人の皆さん(3/27時点。自分は除く)には本当に感謝したい。読んでくれてありがとうございます。

※3. 沢山似た切り口の記事があったとはいえ、僕の記事ほど丹念に心理学的知見に基づいてブラック企業の作り方(≒見分け方)を書いたものはほとんど見つけられなかったので、その点に関しては読む価値はあると思う。

参考

1. 早雲「社員を意のままに従わせる、たった一つの考え方:ブラック企業をつくる方法 How to make your employees obedient using psychological techniques」note

2. 木下 是雄「理科系の作文技術」中公新書.中央公論新社

3. 国立情報学研究所 Webcat Plus「木下 是雄」のページ
http://webcatplus.nii.ac.jp/webcatplus/details/creator/31375.html


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