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詩84 断片(明日帰る君とぼく・ふたりのこと)

君が戻っていく最後の夜
窓の外では南の風が吹いている
かばんに詰め込む君を横目に
冷たい麦茶にクッキーを添えた
クッキーはおととい君が買ってきてくれたもの
幸せだなあと思って、ぼくはかじる
でも、君は明日あした行く
やっぱり離れることは正しくない
ふたりにとっては正しくない
荷物の整理に一段落ひとだんらくつけて
「私もいただこっかな」と冷蔵庫を目掛ける
麦茶をコップに注ぐ音
リモコンで少しだけTVの音を小さくした
近づいてくるスリッパの音に嬉しくなる
こんな僅かな距離なのに。
もう寝る前だから
あとは話すだけ。
ふたりとも一人暮らし
生活の話で昨日までは盛り上がっていた
ああ、もう君は明日帰るのか
南への特急に乗って、君は明日帰るのか
帰る帰るって、ぼくにはそれしか頭にない
「そうねえ」って、「寂しいねえ」って、言ってくれる
それだけでぼくは安心する
またぼくは君に贈り物をするだろう
ささいなものをダンボールいっぱいに詰めて。
君はクッキーをおいしそうに頬張る
そのうち、話は抽象的になっていく
ぼくはどうやって次から連絡を取ろうか考えている
ぼくはどうやって今度会おうか考えあぐねている
ふたりはそれでも、抽象的な感性が一番、大事らしい
変わらない
ずっと変わらない
ふたりは変わらない
誰も知り得ないほど ふたりは変わらない

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