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詩377 犬とベンと要らない信頼

「グルルルゥ………」
犬がベンをおどかした

足の裏の中心にあるホクロに反応して
叶わぬ富を忘れようとしたらしい

減速するボーリング玉をかかとに載せれば
ベンの胸を裂く「死にたい」が加速する

カリカリと前歯でかじった干し梅を用いて
水平線の両端りょうはしを見付け
結晶化しようと試みている

このところベンは
旧友からの“信頼”を失い掛けている

緊迫した草原の上の闘いに
ドロドロとした風が熱狂を加えた為

* * * * * * * *

犬は人の美を舐める傍ら
人は犬の徳を侮る

足はホクロの召し使い
ベンは酸っぱい喪心漢そうしんかん

回転の止まらぬボーリング玉の為に
あすの行方は三貴子さんきしにも不明である

ベンにとって初めての願いは
足取りを緩められるようになることで
そう願う姿からは丸で
風鬼ふうきに似た強さを感じられるほどだった

こぼれる涙の上をポンポン弾んでゆく鈍い視線………
風鬼はそのなかで人懐ひとなつこく煮え切っている

* * * * * * * *

〈頬に香るが愛であり、額に流れるは富である〉

干し梅に備わった一つの効能:
永遠を線分へ降格させ得ること
この為に旧友の内には感謝の心が芽生え始めた、という

時が経つに連れ
ベンの心は旧友のそれからどんどん離れてゆく

次第に零落おちぶれたボーリング玉は
丁度ベンの足下まで転がり停止した

ベンの涙は誰の栄養にもならないようで
やがて果たされることを疑わない約束は
ベンの執心しゅうしんを如実にあらわした

* * * * * * * *

あす一日を過ごすことを
可能な限り苦しまないでできるように………と願うことも
ベンをまた喪心の境地へいざなわせた

* * * * * * * *

犬が不意におどけてみせる………
しかしそれは
ベンの焦りが高まった結果に見られる虚像のようだ

* * * * * * * *

梅雨明けの後の夜は清らかに………

長年かかえて来た切なさが
怪しげに静まる

ベンの目指す地は
何の恐れもない黄泉國よみのくに

睫毛まつげに垂れ下がった逆剥さかむけをむしるのが
識らぬ間に
ベンの癖となっていた

縮小したボーリング玉は足裏のホクロと同等の大きさになり
あすに限って
犬の意識に潜在しよう

* * * * * * * *

真夏の太陽の端に貫かれた円らな弾痕は
あふれ出す利欲に激しく惑わされたベンの切なさ

季節は
いつか
秋へと変わる

その頃には
犬も
愛の香る
ベンの頬を
ペロペロと………

旧友は昨冬の一夜ひとよに夢を見ていた:
喰い尽くした干し梅の種が発芽するのを期待する如き“信頼”の夢を

けれども
最早
ベンには
取り戻す必要などない

ベンに今
必要なのは
額に流れぬ富への焦りを
過去でなく
未来でもなく

この瞬間 (!)
における正しさに変えることだ

ただ一点

ただ
その一点に
尽きるはずである

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