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【歴史本の山を崩せ#040】『聖断』半藤一利

≪終戦を成し遂げた鬼貫太郎の歴史ドキュメンタリー≫

主人公は鈴木貫太郎。
鈴木は海軍軍人として日清・日露戦争に参加、「鬼貫太郎」として勇名を馳せました。
『老子』を愛読し、政治に関わることを嫌いながら、天皇に対する忠誠は至誠そのもの。
侍従長として昭和天皇に仕え絶大な信頼を得る。
その後、内閣総理大臣としてアジア太平洋戦争終結の大役を果たした人物です。
学校の教科書で知っているだけだと、茫洋とした村夫子のような風貌と降伏した総理大臣としての弱弱しいという印象を持っているかもしれません。
ところが鈴木貫太郎、かなりの大人物です。
本書は鈴木貫太郎の生涯をなぞるかたちで描かれています。

聖断というのはアジア太平洋戦争の終結を決した昭和天皇の政治決断。
権力を集中して一元的な政治判断が出来ない構造となっていた大日本帝国。
悪化するばかりの戦局のなかで軍部の暴発を抑えつつ、戦争を終わらせるために鈴木が採った手段が、大日本帝国において「禁じ手」ともいえる聖断でした。
政治責任を発生させないため、天皇には政治決断をさせないということが大日本帝国の常識。
現人神に政治責任…それも降伏というこの上ないネガティブな判断を仰ぐということは臣下としてやってはならないことです。
しかし、鈴木はその非常手段を断固としてやった。
並みの総理大臣では使い得なかった手段です。
『老子』さながらに普段は無為を貫き、ここ一番で「鬼貫太郎」の胆力と天皇への忠誠を発揮する。
それを成し得たのも鈴木のキャラクターとともに、昭和天皇との関係性も重要な要素となった。
副題に「天皇と鈴木貫太郎」とあるように二人の関係性もこの本の大きな柱となっています。

小説然とした部分が少なくないため、純粋な歴史書というよりもドキュメンタリーとしたほうが適切。
しかし、そのため半藤一利の見事な筆致も相俟って読み物としても抜群に面白いです。
鈴木貫太郎に関する本自体、それほど多くないので、その人となりを知るためにはよい一冊です。

同じく半藤一利の終戦ドキュメンタリーの定番『日本のいちばん長い日』はこの『聖断』をプロローグとして物語がはじまります。
あわせて読みたい本です。

『聖断』
著者:半藤一利
出版:PHP研究所(PHP文庫)
初版:2006年
価格:1,100円+税

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