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「職人」と「ワーカー」とデジタル・ファブリケーション

私は建築の設計業務をここ15年ほど日本とアジアで行っています。最近デザインのクオリティやめざす目標がすこしずつ変化していると感じています。今回はそれについて書きたいと思います。

日本での経験
私は2001年に建築系の大学院を出てから、まず自分の実家である静岡の工務店で設計と現場管理の仕事をしていました。その後、東京の有名な設計事務所での仕事を経て、2003年に仲間と一緒に設計事務所を構えました。
独立したときの最初の仕事は70平米ほどのマンションの1室をフルリノベーションするというプロジェクトでした。そのときは仕事がそのプロジェクト1つしかなかったこともあり、これでもかとディテールを検討しまくり実施図面を作成していました。実施設計から施工に移る段階で工務店の方が図面をみて「ずいぶん細かく描いていますね」といわれ、なんだか誇らしい気分になっていたことを憶えています。今考えるとそれは決して褒められたわけではなかったと思います。現場に入ると実際に作業する大工からは「むずかしい」とか「ややこしい」とか言われながらも、時間もあったので説明のための図面を追加で作成し、毎日現場に行って説明をしてなんとかこちらの意図通りのものをつくってもらいました。田舎で大工と一緒に働いていたときも思っていましたが、ほんとうに大工さんはすごいな、なんでもできるな、とあらためて感心していました。

アジアの国々での経験
その後、縁があって中国、おもに北京での仕事をするようになります。2005年ごろからです。当時の北京での仕事ではあんまりむずかしいディテールや細かい指示は施工者が対応しきれないから、それを念頭においたデザインを行うことが要求されました。もちろん現在の中国の建設技術は非常に高く、かなり高度なデザインを実現させています。しかし当時の、しかもちいさなプロジェクトの現場では通用しませんでした。現在、8年ほどベトナムのハノイで仕事をしていますが、デザインや図面をつくる際の考え方はあのときの北京と同じです。現地のワーカーがつくれる範囲のものを考える、というものです。けっしてデザインの質が落ちる、というふうには考えていませんが、日本でできるあの細かい設計がこちらではできないことは確かです。日本の設計施工環境はうらやましい、と考えることは正直たまにありました。

デジタル・ファブリケーションによるボーダーレスな設計環境
しかし現在の日本では研修生とよばれる外国からの労働者が増えており、施工の環境も大きな変化の時期を迎えています。日本の文化とは違う場所で育ち、まだ施工に対する知識も少ない外国人労働者、いわゆる「ワーカー」が現場で建設にあたっており、法改正によって今後も増える傾向にありそうです。ではこのまま日本も「職人」がいなくなり、他のアジアの国とおなじように「ワーカー」主体の現場になっていってしまうのでしょうか。以前日本で行っていたようなディテールに基いた繊細なデザインはなくなってしまうのでしょうか。そうなっては今まで蓄積されてきたデザイン技能がもったいないと思うのです。ではどのようにそれらを残していくかということになります。
その方法の一つがデジタル・ファブリケーションになるのかと考えます。今まで職人の手仕事で行われていたディテールを設計者のデザイン情報を直接機械に伝え実現させていくことで、技能や経験が少ない外国人労働者でも今までの日本のデザイン技能が実現可能になるのではないでしょうか。ベトナムを例にしますと、今まで特に確立された建設施工システムはありません。建設については今が黎明期です。ですので新しい技術の導入に関して古い慣習という障壁は日本ほどありません。現にBIMなどの新しい施工支援ツールの導入は普及度としては日本よりはるかに早いです。うまく使えているかどうかについては疑問もありますが、そのうちにベトナムに適したツールの使い方が定着するようになるでしょう。その過程でデジタル・ファブリケーションの普及も早いと思います。「手仕事のよさ」にたいして強い期待はベトナム人にはありませんから、彼らは積極的に導入していくでしょう。

日本人設計者の優位性
そうなると今まで日本人設計者が培ってきた設計技能を海外でも大きく役に立てることができるかもしれません。例えば木工のディテールは3DソフトでモデルをつくってCAMで出力することができます。そしてデジタル・ファブリケーションの機材はどこの国でも同じ品質のものを作成できるので、今まで「職人」がいなかった日本以外のアジアの国々でも今まで日本で培ってきた設計技術が応用できるようになります。これは長い間、施工レベルの低い国で設計を行ってきた者にとっては朗報ですし、日本にいる日本人設計者にとっても活躍の幅が広がるチャンスだと思います。

私は決して「日本の設計ばんざい!」と考えているわけではありませんが、これからアジアで設計を行っていくためにはひとつの大きな方向性であると考えています。

Work lounge 03-Vietnam 代表取締役 ベトナム、ハノイ在住。ベトナムをはじめとする東南アジアと日本で​建築設計、マスタープランをしています​。 http://www.03-x.vn/