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竹美映画評64 伝統芸能の強み『KANTARA』(インド、2022年)

彼氏の気が変わり、最近公開されて評判のよい『Kantara』という映画を観ることになった。南インド、カンナダ語映画である。これがまた非常に面白かった。そして、これにインドの人が共鳴して殺到するのなら(映画館も『Brahmastra』より人が入っていたような気がする)、ボリウッドは方向性考える必要があるのかもしれない。或いは、一時的な「南インド映画ブーム」で終わるのかどうか。

ストーリーは、とある田舎の村で昔からの豪族が持っている広大な土地に、昔からの信仰を持つ人々が住んでいたところで、政府の森林局から派遣されてきた役人が森林の利用を巡り村人と対立する。そこで村一番の力持ち、シヴァは村人の先頭に立つ。ある日彼らが夜中にこっそり切り出そうとしていた木が倒れ、運悪く森林局の役人の乗った車に激突してしまい、シヴァたちは逮捕される。しかしながら、森林局と村人の対立をこっそり利用している者がいた…。

南インド特有のがちむち髭おやじ(40歳くらいに見えるけど多分20代の役)がルンギー(腰布)を巻いて大暴れする田舎任侠アクションもの…と思って観ていたのだが、その間は「なぜ今こういう男女関係の描写を見ているのか」という気持ちになっていた。あまりにテンプレ的で…しかし後半、地元住民と政府の間に起こりがちな紛争の物語と見えたところの背景が分かって来ると俄然勢いがついてきた(見る方に)。

聞きかじった程度の知識だが、本作で最初と最後に登場する儀式、Bhoota Kolaは、南インドのカルナータカ州の一部に存在するアニミズムの流れを持つ宗教儀式で、そのような儀式を執り行う司祭の役割をする者は、基本的にはカーストが低いらしい(作中でカーストに基づく差別の描写が厭ったらしく描かれる)。

また、任侠映画的な、土にまみれたアクションヒーローものが今でもインドで広く受け入れられているということはよくわかった。『KGK』二部作はもちろんそういう内容だったし、本作もそう、『RRR』もそことイメージを共有している。

本作はもう一つ、宗教的想像力が生む快楽が映画の骨子を作っているということも見逃せない。インドでは、常軌を逸した悪が神のパワーによって滅ぼされる物語が喜ばれる。キリスト教圏やイスラム教圏の神様が全然助けてくれないばかりか、人間を罰したくて仕方がないのとは全く質が異なる。今回もまた、神様は力を貸してくれるのだが、その神様描写が非常に面白かった。主演男優、ここで力を見せてくれたかと思った。元々かっこいいだけでなく、二段階ジャンプで最後我々を別の世界に連れて行ってくれる。これはもう、実際に観た方がいいと思う。私は好きな感じ。つまり、脱走系なのだ(これ大ヒント)。少し寂しいような気持ちにもなる物語に仕上がっており、とても満足し、劇場内からも拍手が聞こえた。

彼氏の話では、その地で祀られている神様自体はヒンドゥーの神様ではないようだけど、ヒンドゥー教の中には組み込まれているとのこと。

幸い英語字幕がついていて助かった。実はコメディーのシーンが多く(これ、インドのホラー映画に多い特徴ね)、故に英語字幕を追うのは苦痛で、それもあって前半ちょっと楽しめなかったところがある。しかし、コミックリリーフはあまり本筋には関係ないので、英語字幕で観るときは半分くらい読まなくてもいいかも。

インドの田舎における権力についての想像力、宗教的な興奮と喜び、泥臭いが人の好いヒーロー…正直『KGF2』って今なんでヒットするんだろうと思っていたんだけど、いやー、本作が支持されるんだったら支持されるよなーと分かった。

奇しくも『Laal Singh Chaddha』はNetflixで公開され、あっという間に人気作に上り詰めたとのこと。劇場に観に行くほどでないにしても、何となく配信で観てみたらアラすてき、いい映画だったとインドの多くのファンも気が付いたのではなかろうかと思う。

ところで、日本もまた、本来は、超自然的存在を常に近くに感じているタイプの文化だ。インドで頻繁に目にするような、宗教に根差したファンタジー・ホラーは、日本でこそ元気に作られ、消費されるべきなんじゃないかとも思う一方、そうはなっていないところもまた、日本の面白いところかもしれない。

超自然的な想像力を経由した差別は根深く、富と権力を巻き込んで恐ろしいモンスターになるという傾向は本作をはじめとして多くのインド映画において明らかだが、そういう力を持つ宗教は、えてしてその宗教を中心に形成されたコミュニティーの人々に祝福と安定感をもたらしもする。日本は超自然的な想像力に紐づいた差別と共に、祝福や安心感も退潮していったように思われる。しかしながら、祝福や安心感を求める気持ちは我々を神社やパワースポットへと向かわせている。するとやはり、祝福や安心感に紐づいた裏の力…差別や排除もまた我々の心の中で盛り上がってくるのだろうか。日本のネット怪談にありありと読める出身地や血筋による差別行為の肯定は何を物語るか。日本を離れてから9か月。日本では色々あったようで、超自然的な想像力によって心を満たしたいという欲求も出て来るのではないかと思われる。基本的に宗教や思想を信じない我々にとって、宗教の光と闇をインド映画で観ておくことはそれなりに面白い体験になるのではないかと思う。

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