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【小説】昭和、渋谷で、恋をしたり 1-20

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だから証拠見せてよ


 どうしてそんなことを言いだすのか、こんなところで何の写真を撮ろうというのか。こんな思いを巡らせ、躊躇する私を、夏奈恵は待ちきれなくなっていた。


「早く貸して」


「え、あ……」


 夏奈恵は私からカメラを取り上げた。


「私の方が大事なら証拠見せて」


 カメラを手にした夏奈恵がまっすぐに私を見つめる。


「証拠って、どうやって?」


 明らかに困惑した私に、夏奈恵は不満だったようだ。


「わからないなら、そんな簡単に好きにならないでよ」


「適当な気持ちじゃないよ」


「どうしてそんなこと言えるの?」


「どうしてって……」


「ほら、言えないじゃん」


「正直な気持ちを言ってるだけじゃん。別れたんだし、本気だよ」


「ホテル行きたいんでしょ?」


 目の前のホテルに夏奈恵の視線が送られた。

 

「ああ、そうだよ。好きだったら当たり前だろ」


「だから証拠見せてよ。カメラより私が大事だっていう証拠」


「カメラなんかより夏奈恵ちゃんが大事に決まってるだろ」


「信じていいの?」


「うん」


 明らかに夏奈恵は機嫌を悪くしていたので、この夜はあきらめた方がいいと考えていた。
 だから謝って帰ることを提案するつもりだったのだが、夏奈恵は私の予想の範疇に収まるような女ではなかった。


「じゃあ証拠みせてもらうから」


 夏奈恵は手にしたカメラを頭上に掲げると、そのまま全力で地面に投げつけたのだ。
 鈍く響く金属音と、部品がコンクリートを転がる音が混ざり合い、数少ない通行人の視線が集まる。深夜の歌舞伎町だ。何かの事件が起きたかのような警戒心が込められていた。
 慌てふためく私は、つい何でもないような体裁を振る舞い、地面にしゃがみこんでカメラを拾いあげようとしていた。


「ほら、カメラの方が大事じゃん」


 まるで仁王立ちの夏奈恵は、それだけ言い放つと走り去ってしまった。
 気持ちとは裏腹に、私の足は夏奈恵を追うことを拒み、カメラと飛び散った部品を拾い上げた。

 そして立ち上がると、目の前のホテルの看板は、満室へ表示を変えていた。



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2-1へつづく
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