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【小説】昭和、渋谷で、恋をしたり 1-18
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予想だにしない指摘
何も言わず、歩きだした夏奈恵の背中を追ったが、急ぎ足の夏奈恵は振り返ることも、口をきくこともなく歩きつづけた。
声をかけるのは諦め、後についていく。歌舞伎町の奥へ奥へと進んでいくと、目の前にバッティングセンターが現れたところで、ようやく足が止まってくれた。
「ちょっと打っていこうよ」
夏奈恵は私の腕を引き、まるで隠れるかのようにバッティングセンターへ引き入れた。運動が苦手な私はとてもじゃないが、バッティングでいいところなんて見せることはできない。
しかし、これで時間を稼いで終電を逃せれば大義名分ができる。
「よし、絶対ホームラン打つ!」
突然のバッティングセンターで、さっきまでの強張った表情は、跡形もなくなっていた夏奈恵。私は戸惑った。
しかし、夏奈恵は私の様子に構うことなかった。いや、むしろ私から一切の質問は受け付けたくなかったのかもしれない。はしゃぐように千円札を2枚つづけて両替機に滑らせていた。
百円玉が続けて落ちる派手な音。待ちきれなかったのか、両替がすべて終わる前に夏奈恵は手をさし入れ、その手からはね返った百円玉が、何枚か足下に落ちていった。
「あー、落ちちゃった。拾って」
夏奈恵は一切拾おうとはせず、私は3枚ほど拾いあげた。
「ありがと。溝口さんは優しいね」
「えっ?」
「ううん…。よし!」
気合いを入れた夏奈恵は、一番球速の遅いバッティングゲージに入っていった。
構えだけ見ると「女の子らしい」ものだったが、3球に1球はボールが前に飛んでいったので、女性にしては確かにうまい気がした。
とはいえ空振りの度に足はふらつき、段々とボールを弾き返す確率が下がっていくのだが、夏奈恵は真剣にバットを振りつづける。
しかし、そんな気持ちのこもったスイングをあざ笑うように、バッティングマシンの動きは止まってしまう。
「もう、終わり!」
不満をあらわに夏奈恵がバッティングゲージから出てくる。
「本当はもっと打てるんだよ。久しぶりなんだもん」
「ちょっと休んだら」
頬をふくらませたその表情に吸い寄せられていた私は、拾った100円を2枚自動販売機に入れ、コーラを買って差し出した。
コーラを勢いよく口に含んだ夏奈恵は、喉を突いた炭酸の刺激に両目を強く閉じ、はぁっと息をつく。
「飲んでなければもっと打てたもん」
炭酸の刺激を力づくでもみ消した夏奈恵は涙目だった。
「思ってたよりうまかったよ」
「なにその言い方。バカにしてる?」
「そんなことないよ」
「自分はどうなの?」
夏奈恵は私に打たせようとムキになっていたが、やんわりと断りながらコーラを味わった。時間を稼ぐことが命題だ。
「もしかして自信ない?」
夏奈恵は私の下心など知るよしもない様子でしつこく迫ってくる。順調だ、悪くない。
こうして、ほどよくじゃれあってから、私は仕方なさそうにバッティングゲージに入ることにした。一度立ち込めた暗雲は、思わぬ形で晴れてくれたので、バットを握る私の両手にも自然と力が入っていた。なんだか打てそうな気がしていた。
すると夏奈恵は予想だにしない指摘したのだ。
「えっ? 私と同じ球? 一番遅いの打つの?」
1-19へつづく
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