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デザイナーがヘルスケア領域で気をつけたい10のコト

この記事は フルリモートデザインチーム Goodpatch Anywhere Advent Calendar 2021 の 17 日目の記事です。

デザイナーのカワセと申します。

POLAARという屋号でデザインスタジオを主宰しながら、Goodpatch Anywhereにもデザイナーとして参加させてもらっています。

ここ数年は特に医療関連のお仕事が増え続けていて、医療やヘルスケアの領域(以下、ヘルスケア領域)でデザインに取り組む方からの「医療系のデザインむずいわからん」的なご相談も多いです。

わかります。
むずいですよね。
めっちゃむずい。

そこで、特にヘルスケア領域で UX デザインに取り組んだとき、具体的に何が難しかったか、何がわかったらデザインしやすくなったかを、僕なりに整理してみようと思います。


1. やるべきコトはいつもと同じ

大前提はこれ。どんな領域であってもやることは同じです。

僕の場合、何かを改善するためのデザインの仕事では PDCA サイクルではなく OODA ループ を基本にしています。物事を様々な角度から観察し、観察結果を解釈・判断し、解決手段を決め、実行して、また観察する。これを早く何度も繰り返すことで、デザインの精度を上げていきます。

観察し、仮説を立て、試作して検証し、改善していく。皆さんの普段のお仕事の流れも、概ね似た感じではないでしょうか。

バックグラウンドの異なる専門家との共同プロジェクトでは、同じ言語でコミュニケーションしていても、実は意味や価値づけが違った、ということが少なくありません。そのズレに気がつくたびに修正できるのが、OODA ループの強みです。

これは一般的な仕事でもヘルスケア領域の仕事でも変わりません。もちろん UX デザインでもブランディングでも広告制作でも、建築やプロダクトデザインだって同じです。

ヘルスケア領域で難しいのは、この OODA ループの 2 つの「O」、つまり 観察(observe)と 判断(orient)です。

実務的には、既存評価の確認やレピュテーション調査、ユーザーインタビュー、ユーザビリティテストなどがそうです。いわゆるデザインリサーチですね。

こうした調査は、最終的に何らかの評価を行なって次のステップにつなげるわけですが、ヘルスケア領域の専門知識がなければ正しく評価することはできません。

逆に言うと、この 2 ステップを上手くクリアすれば、あとは他の領域の仕事とほとんど変わらないといえます。


2. リサーチの期間はいつもの2倍くらい

ヘルスケア領域のリサーチが難しい理由は、主に以下の3つだと思います。

  1. 用語やメカニズムなどの専門知識が大量に必要

  2. ひとつの物事が色々な物事と連動しまくっている

  3. 個人情報保護の障壁がめっちゃ高い

実は僕は昔とった杵柄で、このあたりの問題を少しだけ解消しやすいのですが、それでも苦手分野になると非常に時間を要します。それに、個人情報保護については、時間をかけるか諦めるかの選択を迫られることもあります。

なので、プロジェクトを始める際の大前提として、序盤のリサーチにはいつもの2倍くらいの時間が必要になるものだと思ってスタートすると、スケジュールが破綻しにくくなります。


3. 専門知識は複数の専門家に聞く

リサーチ以外の場面でも、専門家が持つ専門知識は絶対に必要になります。

クライアントが専門家を擁している場合はその人に頼めば良いのですが、そうそう都合の良いケースばかりではありませんよね。そういう場合、主に 2 つの選択肢があると思います。

  1. ヘルスケア領域のプロジェクト進行に詳しい人に相談する

  2. 専門領域にあたりそうな大学の研究室に相談する

最近の大学の研究室は専用の連絡先を設けていることも多いですが、どうしても連絡先が見当たらない場合は、その大学の事務局に問い合わせても良いと思います。

また、よほど特殊な事情でもない限り、専門家は複数の(利害関係がない)人にお願いできると好ましいです。なぜかというと、一口に “専門家” といっても、主義や思想によって見解が真逆だったりするからです。そして、これを素人が見破ることはほぼ不可能です。

世の中にはヘルスケアの専門家っぽい肩書を名乗る人は沢山いますが、残念ながら眉唾な人も少なくないので、アカデミアに属する複数の人を頼るのが無難だと思います。


4. エビデンス(科学的根拠)がめちゃくちゃ大事

ヘルスケア領域に関する情報は、全般的に エビデンス(evidence / 科学的根拠)がとても重要です。これは医療に限らず、フィットネスやメンタルケアであっても、ヘルスケア情報を扱うメディアであっても同じです。

2016年の夏頃に取り沙汰された WELQ 問題 などは、特にメディアやウェブデザインに関わるすべての人にとって戒めとすべき、重大な事件だったと思います。

エビデンスといっても様々ですが、「エビデンスのピラミッド」などが有名です。

エビデンスレベルは、高くなるほど篩にかけられ少なくなり、ピラミッド状になっていく。高い順に、メタ解析 システマティック・レビュー、無作為比較試験、コホート研究、ケースコントロール(症例対照)研究、ケースシリーズ(症例集積)、ケースレポート(症例報告)、論説や専門家の意見や考え、動物を使った研究、In vitro(試験管)の研究となっている。上から2番目の無作為比較試験は介入研究に分類され、上から3番目のコホート研究から6番目のケースレポートまでは観察研究に分類される。エビデンスレベルは、各段階で確からしいと十分に判断できた場合に限り次の段階に進むことができる。たとえば試験管での研究で成果がでなければ、動物を使った研究に進むことはほぼできない。
上の段階に進むほどふるいにかけられて数が減っていく「エビデンスのピラミッド」

意外と知られていないのは「専門家の意見は科学的根拠としてはめちゃめちゃ弱い」ということ。

テレビや YouTube で専門家を名乗る人がそれっぽいことを言っていても、「動物実験でこんな結果が出た」という報道があっても、それらを鵜呑みにしてはいけないわけです。

エビデンスについては一般社団法人Jミルクによる解説のページが分かりやすいので、参考にしてみてください。

法規制については後述しますが、エビデンスが求められる事柄のデザインに取り組んでいるのにエビデンスが薄かったり無かったりすると、あとでトラブって損害賠償を請求されたり、法規制の対象として処罰されたり、何よりユーザーの健康や生命に取り返しのつかないダメージを与えることになりかねません。

どういった事柄にどのようなエビデンスが求められるかは、専門家でなければ判断できない場合も多いです。しっかりと専門家に相談しながら進めましょう。


5. 倫理観を知っておく

もはや「これがすべて」と言っても過言ではないくらい、一般的な商業の領域とヘルスケア領域とで最も違うのが倫理観です。

医療の世界には、「医療倫理の四原則」という概念があって、倫理的な問題を解決する上での指針になっています。

  1. 自律尊重(respect for autonomy)

  2. 無危害(non-maleficence)

  3. 与益(beneficence)

  4. 正義(justice)

平たく言うと「人それぞれの自己決定を尊重して、本人が望む形でのメリットがデメリットを上回るべきだし、人種や性別や財力や権力などによって提供する医療のクオリティに差が生まれないようにしよう」ということです。

詳しくは東大の死生学・応用倫理センター上廣講座の特任教授を務める会田薫子氏の記事が分かりやすいので、読んでみてください。

✏️ 医療・ケアに必要な“倫理”の視点 ― 医療倫理の四原則とは

どんな議論も、倫理観が違えばピントがズレてしまいますよね。プロジェクトの初期段階ではいきなり具体的な設計を進めすぎず、まずはクライアントが大事にしている倫理観を理解することに力を注ぎましょう。互いの倫理観を知ることができれば、プロジェクトを進めやすくなるはずです。


6. リスクの認識のズレを解消する

往々にして、デザイナーは医療者よりハイリスク・ハイリターンな選択をしがちです。上述のような医療倫理の四原則を重んじる医療者から見ると「こいつ解ってないな」みたいに思われてしまうことにも繋がります。

ここで注意したいのは、例えばあなたが提案したデザインが既存のワークフローを大きく変更するようなものだったとき、それを医療者が嫌がったとしても、それは「面倒だから」というような単純な理由ではないことがよくあるという点です。

医療・ヘルスケアの現場は、医療倫理の四原則に基づいたシステムを確立していますが、そのシステムが実用化されるまでには、膨大なケーススタディの積み重ねがあります。僕たちには一見無駄に思えるワークフローや手段であっても、実は「その仕組だからこそ安全を守れている」というものが沢山あります。

健康はダメージを受けたらそう簡単には回復してくれません。最悪の場合は命が失われることもあり得ます。そうした事態を招くリスクにはどのようなものがあるのか、ヒアリングして理解することが大切です。

書籍『Tragic Design』の邦訳版『悲劇的なデザイン』のはじめに、こんな一文があります。

ひどいデザインは人を傷つける。ところが、そうしたデザインを選択するデザイナーは、自分たちの仕事に責任がともなうことに無自覚な場合が多い。

『悲劇的なデザイン』はじめに より

同書では更にこう続きます。

メディカルスクールでは、最初に「Primum non nocere(プリマム・ノン・ノチェーレ)」という大原則を教わる。わかりやすく言うと、これは「まずもって、害するな」という意味だ。この言葉を真っ先に教わることで、学生たちは、医師には人命を左右する大きな力があるという事実を心に刻みつける。一方、デザインスクールの学生が最初に教わるのは、ものを立体的に描く方法だ。(中略)デザイナーにも人命を左右する力と責任があることを、実感する機会はほとんどない。

『悲劇的なデザイン』はじめに より

なかなか辛辣な言われようですが、ハッとさせられる方も多いのではないでしょうか。この感覚を知識として覚えておくだけでも、医療者と理解し合える可能性はグッと上がります。

ちなみに『悲劇的なデザイン』はデザイナーの必読書だと思います。ぜひ読んでみてください。


7. 制限を整理しておく

医療・ヘルスケアに関する物事は、多くの法律や告示、ガイドラインなどによって、安全のための制限が設けられています。

最近の事例だと、PCR 検査専門クリニックの広告や、月経改善をうたったサブスク型サプリメントなどが違法性を指摘されて話題になりました。

そんなことになる前に、デザイナーとして知っておきたい代表的な法律やガイドラインを、いくつかご紹介します。

医療法
医療を提供する施設の開設、管理、整備の方法などを定める法律です。病院と診療所の違い、介護施設や調剤薬局などのあり方などが定められていて、実は「国民は医療について正しく知って適切に使ってね」的なことも書かれています。医療機関による広告の規制について定めているのもこの法律です。

医療職に関する法律たち
医療従事者の資格は、そのほとんどが国家試験による免許制で、医師なら医師法、看護師なら保助看法といった具合に、対応する法律が職務や資格を厳格に定めているので、プロジェクトの目的に関わる医療者のことを知りたいときに読むとザックリ知ることができます。ちなみに、あん摩マッサージ指圧師や鍼灸師、柔道整復師などは、医療ではなく “医業類似行為” という別枠なので要注意です。

薬機法
正式名称は「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」。その名の通り、医薬品や化粧品や医療機器などなどについて、扱いや性能の基準、広告規制などについて定めています。違反すると超怖いことになるので、「○○に効く!」みたいな、いかにも健康に影響があるっぽい広告や商品開発に関わるときは、必ず熟読して理解しておきましょう。

医療広告ガイドライン
医療法や薬機法による広告規制とは別に厚労省が施行している、医療にまつわる広告全般の規制について定めたガイドラインです。「ガイドライン」という響きから甘く見てしまう人もいますが、違反すると最悪の場合は懲役刑に処されることもあるので、絶対に守りましょう。この他に「医療機関ホームページガイドライン」というのもあるので、そちらも要チェックです。

分野ごとの法令やガイドライン
小児科や産婦人科、精神科などの診療科ごとにも、独特の法令やガイドラインなどがあります。フィットネスやヘルスケア全般についても法規制の対象ですし、法令以外にも厚労省が告示やガイドラインを施行していて、違反すると大問題になったりします。そういったものはヒアリングとリサーチできちんと理解して、守るようにしましょう。


8. ビビらずコミュニケーションや試作を重ねる

倫理観の次くらいに重要なのが、臆せずにコミュニケーションを重ねることだと思います。

専門家や現場の意見はどれもこれも正しく聞こえてしまいがちですが、中には誤りがある場合もありますし、彼らがヘルスケア領域の専門家であるように、僕たちデザイナーもまた「専門知識を一般の人が使いやすいようにアレンジするデザインという行為」の専門家であることを忘れないことが大切です。

現場や専門家に怒られそうなデザインを思いついたときや、リスクをクリアするのが難しそうなデザインを思いついたときでも、怖がらずにまず試作しましょう。

言葉だけで「こういう危険があるかも」という話をしてしまうと、リスクに対して敏感なヘルスケア領域の専門家たちは、「じゃあダメ」という答えを出しがちですが、プロトタイプを見せたり使いながら議論すると、驚くほど多彩なリスク解消のアイデアが上がったりします。

また、プロトタイピングにヘルスケア領域の専門家たちを巻き込むことで、デザインの意図や、どんな課題をどんな形で解決することを目指しているかを共有しやすくなります。


9. 専門家の「お気持ち」に振り回されない

デザインの検討に専門家を上手く巻き込めたあと、たま〜に専門家の方が “暴走” することがあります。

例えば、色彩設計やレイアウト、ネーミング、文章などについて、ご自身の案に固執されてしまったり、「明確なエビデンスは無いけれど私たちは昔からこうやってきた」という慣例や経験則を手放せなかったりします。

ヘルスケア領域では、多くの仕組みや方法論をヘルスケアの専門家たちがアカデミックに設計していて、彼らにはそれを担ってきたプライドがあります。そんな彼らの意見をむやみに否定したり強引に修正しようとすると、関係がこじれてプロジェクトの崩壊にもつながりかねません。

こういう事態は、プロジェクト開始時にいくつかの決め事や宣言をしておくことで予防できることが多いです。

  1. ひどいデザインはユーザーにとって受け入れ難く使いにくい

  2. クライアントの案であっても致命的にひどければデザイナーの責務として否定することがある

  3. 大事なのはプロジェクトチームの満足感より目的の達成

こういった宣言を明文化して、プロジェクト管理シートなどに残しておくことで、専門家の方々も「ああ、そうだったね、意固地になっちゃいけないね」と理解してくれやすくなります。


10. 僕たちデザイナーの指は人の命にふれている

ヘルスケア領域のデザインをするときは、作業を開始する前に、あなたの指を見つめてみてください。その指は、今あなたが作っているデザインを介して、医療やヘルスケアサービスを受ける人の命にふれています。

医療・ヘルスケアの領域に取り組むデザイナーの指は、メスを持つ外科医の指と何ら変わらないのです。

デザイナーが蛮勇をふるってアグレッシブ過ぎるデザインをすれば、思いも寄らない形で誰かの健康や生命が損なわれるかもしれませんし、逆にビビって無難過ぎるデザインをすれば、必要な効果は得られません。

僕たちデザイナーには、患者や利用者の健康のために、注意深く全力を振るってデザインする責任があります。そこに現場の医療者との違いはありません。

プロモーションのために制作するグラフィックやコピーも、情報設計で引いた矢印のひとつひとつも、すべてが患者や利用者の健康を左右する行為だということを意識しながら、医療者の一員としてデザインしていきましょう。


余談:気軽に相談してね

気をつけるコト、めちゃんこ多いですよね。でもまだまだ序の口だったりします。

ヘルスケア領域のデザインに取り組みたい or 取り組んでいるけど悩みや不安をどう解消すればいいのか分からない……という方は、ぜひお気軽にご相談ください。

営業というわけではありませんが、Goodpatch Anywhere としてでも個人としてでも、何かお力になれるかもしれません。

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