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インクとケント氏 小説編

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まだ推敲が終わっていない、途中だけれど、見本として。ボクはこういうものを書いている証として。 過去に書いた4本の短編は、有料マガジンへ移しました。
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記事一覧

マスケラを狩る者〈第七章〉狩り

その瞬間、背筋に悪寒が走った。
なんだ……?いや……俺は知っている。
忘れられるはずがないじゃないか。
俺をずっとあの時に縛りつける忌々しい記憶が蘇ってくる。
 
この冷気……あの時あの豪で……
そうだ!
鈴井がマスケラになったときに感じた空気そのものだ。

「高梨公平!その女はマスケラです!」
「ますけらますけら」
「き、きさんが殺したんか!?」 
伊堂寺さんが銃を向ける。
女は動じる様子もなく

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マスケラを狩る者〈第六章〉置屋

俺達は旦過マーケットを出ると、紫川に注ぐ支流の神嶽川沿いに歩いた。川幅も狭く、このあたりは寺社ばかりで沿道は暗い。
「白 眞一(ぺく ジンイル)の家は馬借町です」
「金 愛淑(キム エスク)もおると話が早いんですがね」
「しかし、なんで白は今日マーケットに来んかった?」
悪い予感がした。

まさか白がマスケラなのでは……だから昨日は俺の前ではとぼけてみせて、逃亡を図った可能性もある。

「岡勢、伊

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マスケラを狩る者〈第五章〉青い男

来ていないと分かってる者が来たかどうかを確認するのは、躊躇われた。だか確認をするのも刑事にとって必要な仕事だ。
「岡勢に面会?来とらんですよ」
受付の警務係は、やはりそう応えた。

「なんか、きさん。被害者に心当たりでもあるんか?」
「……はい」
「頭もないのに、なして分かるっちゃ?親族は小倉にはおらんっち言いよらんかったか?」
「傷痕です……太ももの。留置所にいる王道會の岡勢の女です」
「なんち

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マスケラを狩る者〈第四章〉傷痕

署に戻ると、俺は少女を連れて二階の刑事課へ上がった。

警備課の連中が慌ただしく働いていた。
なんでも辻準州知事が福岡を視察するらしく、警備の予行演習やらなにやらで忙しいらしい。我が第四十軍参謀も出世したもんだ。あんな杜撰な作戦を立てても出世は出来るのだから、世の中がむちゃくちゃなのも仕方がないというものだ。

時刻はまだ八時を少し過ぎたところだ。この時間ならまだ拘置中の容疑者への取り調べは行われ

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マスケラを狩る者〈第三章〉少女

ズシン
ズシン
ズシン
揺れが大きい。だんだん爆撃が近づいてくる……!
逃げなくては……だが動けない……足も体も……
鈴井!助けてくれ!俺は、まだ死にたくない……!

ガタン……
郵便受けから音がして目が覚める。
そうか…新聞配達が階段を上がってきたからか。
真っ暗だ。けだるい体を起こし白熱灯のコードを引っ張り電気をつける。
五時か……いつもより遅いな。
出勤までもう少し寝ていたかったが、夢見が悪

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マスケラを狩る者〈第二章〉あの時

「おはよう高梨くん」
「お?さっそく重役出勤ですか?部長サン」
「おいおい、先に昇進したからっちゅうて、それは言わん約束やろ」
島野さんは年上だが、戦場でのケガで復職が遅れ、先日昇任試験を受けてやっと巡査部長になった。
巡査部長になりたての者は、ちょっとの間「部長サン」と呼ばれる。所轄には県警本部の刑事部長はたまにしかやってこないから、問題になることもない。軽口の類だ。

「もう一月八日か……嫌よ

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マスケラを狩る者〈第一章〉薩摩半島

昭和二十年 十一月 一日
九州といっても十一月ともなれば冷える。
朝方ともなれば気温は十度を割り込み、息も白くなる。

眼前に広がる吹上浜は穏やかだ。

目線を水平線に移した俺は、彼方がもうもうとした排気煙に覆われ始めるのをぼう然と眺めていた。
「なんだってコッチに来るんだ。東京へ行けば早いだろうに。」
「高梨さんあんたバカだなぁ、物事には順序ってものがある。先にこっちを落としてからアッチに行くに

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マスケラを狩る者<序章>

親愛なる大統領閣下:Dear President Harry S. Truman

日本に対して原子爆弾の投入を検討されていることを知りました。
多数の連合国の兵隊たちを、残酷なる死から御救いになるためのご決断をされようとのこと。まことに慧眼であります。

しかしながら、今一度お考えください。

先の大戦でドイツが使用した化学兵器の数々は、歴史的に評価されたでしょうか?新しい兵器を投入すれば、それ

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