ロボットによる自動化は結果的に雇用を増やす
仕事上よく聞かれる質問、「ロボットとかAIとかは人から雇用を奪うのでは?」。多くの場所で報道、議論されている内容ですが、改めてロボット開発に携わる者として考えてみたいと思います。タイトルは逆説的な表現になっていますが、是非読んで頂ければ幸いです。
社会としての課題と個人としての課題
人手不足は顕著になる中で、ロボット化、自動化への要望は間違いなく高まっています。大きな社会課題です。そう社会としての大きな視点での課題なのです。もしくは経営者視点です。
一方で、ミクロ的、もしくは個人的には多くの人は仕事をしますし、失業率も2パーセントと仕事を欲している人も多くいます。現行で働いている人、働きたいと思っている人からしてみれば、ロボットやAIで仕事を自動化、機械化するというのは余分なことをするな、という話になります。このような雰囲気は、アメリカにロボット案件の仕事で行ったりするととても強く感じます。
加熱する報道
更に最近はロボット・AIが仕事を奪う的な報道がたくさん出ているため、一般の人も身近な関心事となっています。車の出現で馬車がなくなるように新しい技術が出ると必ず仕事がなくなるという論争は起きるのですが、今回のロボット・AIと仕事の関係がよく話題なるのは、イギリスの名門オクスフォード大学 マイケル・オズボーン先生が2014年に「10年後になるなる仕事」に関する論文を発表したためです。
https://www.oxfordmartin.ox.ac.uk/downloads/academic/The_Future_of_Employment.pdf
この論文によると、テレマーケッター、データ入力係、スポーツ審判、銀行窓口係などは、高い確率で仕事が機械化されるということが書かれています。確かに、それ以外の多くの研究者が述べているように、テクノロジーの発展で置き換えが可能な業務も沢山出てくることは間違いないと思われる。
ただし、考えないといけないのは、仕事の総量ではないかと思います。総量に大きな変化がなければ、スキルチェンジの必要性は生じるかもしれないが、再配置で解決できる問題になります。この辺りの議論は専門家に譲るとして、ロボットなどを使い始めるとどうなるのかということについてもう少し考えてみます。
ロボット活用は避けられない
個人というミクロな視点での問題はさて置き、マクロ的に人が足りない状況であれば、もしくは生産性向上が求められるのであれば、ロボット化、AI化による自動化は止められないように思う。それが資本主義という社会であるし、経済的合理性や効率性があるのであれば、即ちロボット導入により業務が低コストもしくは高効率で行われるのであれば、それらを活用する方向になるのはごく自然な流れである。
ここで1つ興味深い論文を紹介します。ドイツのバイロイト大学のMichael Koch先生らが発表されている「Robots and firms」という研究です。
この研究はロボットを導入した企業と導入していない企業のその後を分析した研究で、以下のサイトで日本語で丁寧に解説してくれています。
簡単に結果を纏めると、以下のグラフに示すようにロボットを導入した企業の雇用者数は順調に伸びていくのに対して、導入していない企業は雇用人数が減少してしまうということです。これは、ロボットを導入すると、生産効率の向上や商品品質の安定化が図られ、コスト削減、収益性改善など企業の競争力アップに繋がり、結果として企業は成長し、雇用も増やせるようになる、というストーリーが出来ているのではないかと思います。
Michael Koch, Ilya Manuylov, Marcel Smolka, Robots and firms, VOX, CEPR Policy Portal, 2019より引用
さらに、この研究の面白いところは、ロボットが生産性に与える分析を「直接的な効率化」と「間接的な効率化」の2つの観点からしている点です。直接的な効率化とは、ロボットより実際の生産がどれだけ効率化したかということ。間接的な効率化とは、ロボット導入により行った労働者の配置転換などの結果として生じるよる効率化です。もちろん、ロボット導入がなくても生産性は上がるのですが、ロボットを導入するとそれに加えて、直接的な効率化は更に約70パーセント、間接的な効率化は約30パーセントされるとされており、ロボットの製造現場への導入効果は、単なる生産ラインの効率化だけにとどまらない、ということが言えます。
製造現場から飛び出したロボット
上記のような論理展開は製造現場以外で使われるロボットにも適応可能なのでしょうか?まだまだ導入事例が少なく、導入後の年月も立っていないので、確定的なことは言えませんが、同様のことが言える可能性は結構あるのではと思っています。
ケースとして考えてみるのは、私も一部携わったことのある「病院内搬送ロボット」を取り上げてみたいと思います。これは、病院の中で薬剤などを自動で搬送するロボットです。通常、病院では薬剤師、看護師、SPD会社 (Supply Processing and Distribution)が薬剤部から病棟まで薬剤などを届けるケースがほとんどですが、とにかく忙しい、人手が足りないというのが現状です。それを自動化してあげようというものです。商品化されているものとして、パナソニックのHOSPIや米国Aethon社のTUGなどがあります。
ついつい、このようなロボットの機能や技術を議論したくなってしまいますが、それはまた別の機会として、ここではこのようなロボットが目指す導入効果を考えみたいと思います。
もちろん、薬剤を運ぶ人が足りておらず、自動化したいという要望があるのは事実です。ただし、単純に運ぶ人が足りないという問題だけではなく、例えば薬剤師自身が薬を運ぶ必要がありますか?ということも考えないといけないのではないでしょうか。薬を運ぶために薬剤師になったという人はまずいないでしょう。薬に関する専門的な知識を活かしたい、もしくは薬を飲んでもらうことで患者さんに少しでも健康になってもらいたい、と思っている人が多いはずです。
搬送をロボット化、自動化することで、人手を減らすことは大事ですが、調剤における中断業務を無くすこと、更には今まで搬送に当てていた時間を患者さんの服薬管理や服薬指導に当てることが更に重要になってくるはずです。
つまり、ロボット導入による搬送業務の生産性向上、効率化という直接的なメリットだけではなく、調剤業務などの調剤技術や服薬管理などの薬学管理という保険点数にも絡むような間接的なメリットが生じるようになります。このような直接的、間接的なメリットにより、企業(この場合は病院)の競争力が高まり、企業が成長し、新たな雇用創出に繋がる、という循環が出来れば、製造現場以外のロボットも産業用ロボット同様の効果が出るようになるはずです。
新しく必要になるスキル、仕事
冒頭の論文でオズボーン先生が指摘しているように単調な繰り返し業務は自動化されやすくなります。一方で、その自動化により間接的に発生する業務が必要になってくることも間違いないでしょう。
では、どんな業務が増えてくるのでしょうか。これに関しても、色々なところで議論されているので、一部重複する内容があるかと思いますが、大きく2つの方向性になるはずです。1つはロボットオペレーション系の業務、もう1つは人と接する業務です。
ロボットオペレーション系の業務とは、ロボットが製造現場にどんどん入るようになることに伴い、発生してくる業務です。いわゆる、SIerと呼ばれるロボットを現場導入するためのシステムインテグレータや、導入後にロボットを動かし、管理し、保守するような業務が新しく仕事として大きくなってくるかと思います。
もう1つの人と接する系の業務は、いわゆる、お・も・て・な・し、と言われるスキルが求められる業務です。ロボットにより自動化が進むと、効率化が進むとともに、あらゆることがデジタル化されてきます。その中で、働く人に求めらるのはアナログなスキルであり、典型は温かみのある対人業務になってきます。ただし、デジタル化されるとデータ化もされるので、データを最大限に活用した上でのアナログ業務遂行スキルが求められるはずです。
このようにロボット化による効率化と、残されたアナログ業務の人間らしさの追求を行わない企業は、自然と淘汰されやすくなるでしょう。逆に、それが可能な場合には、企業競争力が更に上がり、結果的に雇用も増えるという流れになるのではないでしょうか?
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