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女子大って甘くて苦い。「煙たい後輩」柚木麻子

横浜の伝統的なお嬢様女子大が舞台。

体の弱い素直な女子大生・真美子を主人公に、女子アナを目指す親友・美里、中学時代に父親のコネで詩を出版した真美子の憧れの先輩・栞子を軸に、女子大生たちの甘くて苦い4年間を描く。

 主人公の勢いと純粋さがこわい。

病弱な主人公・真美子は、幼馴染の美里とともに小樽の裕福な実家からフェリシモ女子大に進学する。

そこで出会ったのは、憧れの先輩・栞子だった。

14歳で詩を出版した栞子は真美子の憧れで、とにかく一緒にいられるだけでうれしく、子犬のようについて回る。いいように便利使いされても、卒業してもずっと一緒にいたいと突き進む。

 ハタチ過ぎればただの人。みんな大人になっていく。

真美子の憧れ・栞子がフェリシモ女子大に内部進学し、詩を出版できたのも学長である父親のコネだが、附属生時代は確かに学校内でも目立つ生徒であり、自分は特別だと思っていた。

けれど大学へ進学すると、栞子が注目されることはなく、創作活動も進んでいない。

焦りの中で現れた真美子は、栞子を女神のように崇拝する。ちやほやされる心地よさ、自分の話を求めてくれるうれしさから、真美子にさまざまなエピソードや作家の話をしていく。

 澁澤龍彦が好きなんじゃなくて、澁澤龍彦を読んでる自分が好き。

栞子は、本当は自分が才能もなく努力もできず、誰でもいいから男がちやほやしてくれるだけで満足な人間だと気づいているが、それを認めたくない。

 真美子は貪欲と言っていいほどの集中力で素直に知識を吸収していき、栞子の中が空っぽになっていくのと反比例するように、多くのことを身につけていく。

彼女の目を通すとどんな平凡な出来事も最高のドラマになるのだ。幼少のころから病弱だったことが関係しているのかもしれない。加えて誰にも負けない集中力。おそらく何をやっても成功するのではないか。そういう人種はいつの時代も確かにいるものだ。

「けむたい後輩」柚木麻子

 大学時代を思い出してみよう。アナウンサーを目指す女と勝ち取った女の違いを。

真美子の幼馴染で寮の同室に住む美里は、幼いころから女子アナを目指し努力を重ねてきた。
生まれ持った美貌を生かし、読者モデルやミスコンにがむしゃらに取り組む。
栞子の演出じみた振る舞いにつっこみ、真美子を庇護し、しょうもない男たちに毒を吐く。

それでも美里が同性から好かれるのは、自分の力で道を切り開くひたむきさと不器用なまっすぐさゆえで、応援せずにはいられない。

 だがキー局アナウンサーの座を勝ち取ったのは人望のない甘え上手のライバルだったあたりリアルで、不屈の精神で最後まで就職活動をやりぬいていく。

大人になった彼女と、子どものままの彼女。

 大学卒業後を描くエピローグでは、20代後半となった栞子はアルバイトをしながらだらだらと毎日を過ごしているが、真美子は脚本家として活躍している。

地方でも女子アナの夢を叶えた美里は、上昇志向と努力で東京進出への足掛かりを作っていた。

 成長のない栞子と対照的に、真美子は経験を積んだ大人の女となっており、立場の逆転と決定的な別れが描かれている。

 言ってることより、やってることが本質なんだよ。

 素直な真美子はとにかく行動する。本を薦められたら全集を読破し、お金が必要となったら為替取引で稼ぎ、脚本を出してみたらと言われたら書き上げてコンクールに応募する。

 〇〇を読んだ、〇〇を知っている、いつかやろうと思っている、と栞子の周囲にいる口先だけの男たちとは根本的に違う。

モノを書こうと思い、書き始めるのは誰でもできるけれど、完成させることができる人は一握りだ。

 作者は努力する人・動く人の美しさと、口だけで努力しない人のしょうもなさを描くのが抜群にうまい。「伊藤君AtoZ」「嘆きの美女」でもその力が遺憾なく発揮されている。

いるわこういう人、目に浮かぶわ光景が、といった「あるある」をテンポの良いスピード感にのせて、意地悪な目線もさわやかな読後感に変換されている。


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