定時先生!第49話 夫婦の晩酌
迎えた教師3年目。特別な一年になる予感が中島にはあった。初めての進路指導、卒業生、そして異動が控えている。それらも大きな節目だが、まずは、夏の総合体育大会予選に並々ならぬ決意を燃やしていた。
正顧問として1年間バドミントン部を鍛えてきたつもりだ。さらに、部の中心である3年生は、担任を務める学年の生徒たちでもある。なんとか勝たせてやりたい。中島の日々の指導にも熱が入り、休日には練習試合を積極的に組んでいた。
最後の大会が近付くにつれ、部員のモチベーションも上がっていった。しかしそれでも、中島がいないと、緊張感を欠く部員はいた。そのため、中島はクラスの帰りの会が終わると同時にバドミントン部の活動場所に駆けつけ、最終下校時刻の18時30分まで指導に励んだ。その後、翌日の授業の教材研究が始まり、夜遅くに帰宅する日々だった。
「トイレットペーパーでしょ、おむつでしょ。買い物が溜まっててね、今度の土曜日、いっしょに行けない?」
「ごめん、練習試合入れちゃってて。大きい物なら、今度俺が帰りに買ってくるよ」
パソコン画面の学級通信から目を離さずに、中島は答えた。夜泣きを収めた後、二人はダイニングに戻り、小声で話していた。
「もうすぐ総体だもんね。がんばって」
「ありがとう」
音を立てぬよう慎重にキーを沈める中島を見つめ、美咲は呟いた。
「…もし早く負けたら、もっと時間できるのかな」
中島の指が、止まった。初めて画面から視線を離し、顔を上げた。
「不吉なこと言わないでよ」
「うそうそ」
冗談めかして笑う美咲に、中島も笑みを浮かべた。
いつの日か夫婦で交わした晩酌のときと同じ会話だったが、中島はそれに気付かなかった。妊娠や授乳に伴い美咲がアルコール摂取を避けていたため、久しく夫婦の晩酌が無くなっていたせいかもしれない。