定時先生!第36話 隣のレーン
本編目次
第1話ブラックなんでしょ
「チャイムと同時に制限時間1分で漢字小テスト。もちろん成績に入れる。これなら、チャイム前にはほとんど全員着席して勉強してるよ。導入してからはチャイム着席指導する必要がなくなったね」
ー指導しなくて済むように工夫するのが一番重要な指導力だよ。生徒指導でも何でもそうだけど、何か問題が生じたとき、あるいは予見されるときは、生徒の前に、システムに原因を求めることが大事なんだー
中島の発言を思い返す。
「清掃指導と同じで、システムを見直されたんですね」
「そういうこと」
「毎回小テストはこちらの負担になりませんか」
「1分で解けるような小テストだから、慣れてくれば、採点はさほど大変じゃない。授業の中で採点から記録と返却まで含めて5〜6分で済ませて、職員室に持ち込まないようにしてる。不正解を授業内ですぐ生徒にフィードバックできるから学習効果も高いよ」
「どうやって採点時間を作るんですか」
「別課題に取り組ませたり、授業のラスト5分を次回の漢字小テストの練習タイムにしたり」
「漢字練習を授業終わりにもってくる発想はありませんでした。むしろ授業冒頭でやってます。漢字ノートに5回ずつ書かせて、後で提出させて成績に入れてます」
「俺も昔はそれやってたけど、やる気が起きない生徒は取り組まないし、やっぱり着席を何とかしたくて今のシステムに変えて、ノート提出も廃止したね。ちなみに、ノート提出の有無を成績に入れるのって評価の本質から外れてて良くないらしいよ。わりと皆やってるけど」
自分も取り入れたいと強く思う遠藤であったが、現状生徒に課している授業冒頭の漢字練習課題は、同じ1学年国語科を担当する吉野から指示され、共通して取り組ませている課題であり、中島のやり方をすぐには導入できないだろう。
「今は吉野先生と統一してやってるんで、中島先生のやり方は、いつか取り入れてみます」
「それが良いね。じゃあ、すぐ着席指導で使えそうなネタを一つ紹介しようか」
「ぜひ」
「チャイム着席が守れなかったら、5分休憩延長」
「え」
「生徒が遅れて着席したら、生徒は怒られるって構えてるでしょ。そこを神妙な顔でこう切り出す。『今から5分間休憩を延長します』って」
「え~」
「生徒も同じ反応だね。まだある。『ただし、教室から出ないこと。そして、2分前になったら必ず呼びかけすること、休憩再開!』って。すると全力で短い休憩を楽しみだすけど、さすがに呼びかけが入るし、ちゃんと座るよね。で、めちゃめちゃ褒める。『できるじゃん!拍手!』って」
「成功体験ですね」
「そういうこと。怒られるより、次回呼びかけする気が起きるでしょ。でも、さすがに毎回これをやる訳にはいかない」
「そうですよね」
「普段は西田先生みたいに生徒に呼びかけを促す方法が良いよ。促さなくても大丈夫そうな手応えがあれば見守って、それでもダメなときは休憩延長を試してみたら」
遠藤の胸中は、中島から学べるだけ学ぼうとする意欲に満ちていた。
#教師のバトン 。
夢を叶え、教壇に立ち、黒く重いこのバトンが虚像でない事実だと思い知らされる日々。
バトンのあまりの重さに耐えきれず、トラックに膝をつく遠藤が顔を上げると、隣のレーンの中島がバトンを改良しながら駆けている。トラックを走れるようにするため。そして、次の走者につなぐため。
気付けば遠藤は立ち上がり、トラックを踏みしめていた。今は周回遅れだが、いつかあの背中に追い付いてみたい。中島からのバトンパスを、待つのではなく。