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第4章 毒と人間 4-3 毒を操る 3.毒もみ(魚毒漁):「特別展「毒」」見聞録 その26

2023年04月27日、私は大阪市立自然史博物館を訪れ、一般客として、「特別展「毒」」(以下同展)に参加した([1])。

同展「第4章 毒と人間 4-3 毒を操る 3.毒もみ(魚毒漁)」([2]のp.139)では、毒もみ(魚毒漁)が紹介された。

魚毒漁は、植物に含まれる成分を水中に投じることによって魚を麻痺させるなどして捕獲する漁である。魚毒漁は古くから世界各地で知られ、日本においても各地から記録されている。魚毒植物は地域によって使用される植物が異なり、日本本土からはサンショウを始め、オニグルミ、エゴノキ等の魚毒植物が報告されている。

琉球列島においても、イジュやモッコクなどを中心として、本土とは異なった様々な魚毒植物が利用されてきた。

第二次世界大戦後、魚毒漁は外来の栽培植物であるデリスや、シアン化カリウムなどの化学薬品の使用が見られるようになるとともに環境への負荷が大きくなり、やがて法の整備もあって完全に見られなくなった([3])。

サンショウは辛味成分としてサンショオールを含むが、神経を麻痺させたり、しびれさせたりする効果がある。

サンショオールはごくわずかな量でも水中の魚類を麻痺させることができるが、殺すわけではない。それゆえ、魚毒漁に使用された。

『日本書紀』によると、神武天皇は丹生川でのウケイ儀礼として、本邦最古の魚毒漁を行ったとされる。

歴代天皇の即位式に用いられる万歳幡(ばんざいばん)という旗に、魚毒漁の対象になったアユらしき魚が描かれている。

1940年(昭和15年)は、神武天皇の即位から数えて2600年目にあたるとされた年で、いわゆる「紀元二千六百年祝典」が、国を挙げつつ全国各地で盛大に挙行された。この時に発行された4種の記念切手のうちの1つに、万歳幡の絵柄が採用されている(図26.01,26.02,[4],[5])。

図26.01.時計回りに、サンショウの幹、サンショウの果実、および、神武天皇即位2600年記念切手。
図26.02.神武天皇即位2600年記念切手。

また、サンショウの皮を用いる魚毒漁は、宮沢賢治著『毒もみの好きな署長さん』でも言及されている(図26.03,[6])。

図26.03.宮沢賢治著『毒もみの好きな署長さん』。

オニグルミは、実が縄文草創期から食用として利用される一方、木の葉や皮、ならびに、果皮には魚に対する有毒物質を含み、渓流魚の「毒流し漁」に使われた(図26.04,[7])。

図26.04.オニグルミ。

エゴノキは、果皮に10%ものエゴサポニンを含む。エゴサポニンには、界面活性作用があり、泡立ちが良い。その果皮を磨り潰して、水に入れて振ると白濁して泡立ち、石鹸水になる。かつては実際に石鹸の代わりに使われたことから、別名セッケンノキ(福井県、大分県、鹿児島県)、シャボンノキ(福島県)、シャボンダマ(茨城県、千葉県)、サボン(石川県)などと呼ばれている。

また、果皮を潰して川に流すと水が白濁し、米のとぎ汁に色が似ているので「コメミズ」と呼ぶ地方もある。川水が白濁すると、そこにいる小魚類が酔って浮いてくるという。奄美大島での地元漁師への聞き取り調査によると、干潮時に、エゴノキの実をすり潰した汁をサンゴ礁の水たまりに流すと、魚が麻痺して浮き上がってきたものを捕獲する。その捕獲した魚を新しい水に放してやると、たちまち息を吹き返したことから、毒性は弱い。ちなみに、渓流などでは、毒性が弱く、効き目がなかったらしい(図26.05,[8])。

図26.05.エゴノキの果実。

「第4章 毒と人間 4-3 毒を操る 3.毒もみ(魚毒漁)」の執筆時に、毒もみ(魚毒漁)の存在と歴史を初めて知った。また、私にとって、サンショウがそのために使用されたことは意外であった。

そして、私にとって、在野の民俗学研究者の存在が頼もしく見える。



参考文献

[1] 独立行政法人 国立科学博物館,株式会社 読売新聞社,株式会社 フジテレビジョン.“特別展「毒」 ホームページ”.https://www.dokuten.jp/,(参照2023年07月27日).

[2] 特別展「毒」公式図録,180 p.

[3] 学校法人 沖縄大学 リポジトリ.“琉球列島における魚毒漁についての報告”.沖縄大学リポジトリ トップページ.紀要論文.沖縄大学人文学部紀要.第17号.毒キノコ由来毒成分の化学的研究.2021年07月02日.https://okinawauniversity.repo.nii.ac.jp/records/266,(参照2023年08月11日).

[4] 養命酒製造株式会社.“【2011年3月号】生薬百選 84 山椒(サンショウ)”.月刊 元気通信 ホームページ.生薬百選.https://www.yomeishu.co.jp/genkigenki/crude/110228/index.html,(参照2023年08月12日).

[5] 西郊民俗談話会.“2012年11月号 第13回 神武天皇とアユ”.西郊民俗談話会 ホームページ.「民俗学の散歩道」.http://seikouminzoku.sakura.ne.jp/sub7-20.html,(参照2023年08月12日).

[6] 青空文庫.“毒もみのすきな署長さん 宮沢賢治”.青空文庫 ホームページ.公開中 作家別.ま行.ミ.作家別作品リスト:No.81宮沢 賢治.図書カード:No.454 毒もみのすきな署長さん.https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/454_42329.html,(参照2023年08月12日).

[7] あきた森づくり活動サポートセンター.“樹木シリーズ24 オニグルミ”.森と水の郷あきた ホームページ.特集記事 樹木シリーズ.http://www.forest-akita.jp/data/2017-jumoku/24-oni/oni.html,(参照2023年08月12日).

[8] あきた森づくり活動サポートセンター.“樹木シリーズ23 エゴノキ”.森と水の郷あきた ホームページ.特集記事 樹木シリーズ.http://www.forest-akita.jp/data/2017-jumoku/23-egonoki/ego.html,(参照2023年08月12日).

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