「京都大学アカデミックデイ2022」見聞録03:18.生体鉱物で身体を治す素材をつくる

2022年06月19日、私は「京都大学アカデミックデイ2022〜創立125周年記念〜」(以下「アカデミックデイ2022」、ロームシアター京都にて開催)に一般客として参加した([1])。

「アカデミックデイ2022」内の「プロム18 生体鉱物で身体を治す素材をつくる」で、薮塚武史 京都大学 大学院 エネルギー科学研究科 講師(以下敬称略)らは骨の構造、ヒドロキシアパタイトの特徴と生合成、「生体活性」な材料、人工体液を用いる生体内でのヒドロキシアパタイトの生合成の再現、骨の治療を目的とする「生体活性」な人工骨素材、ならびに、体内で薬の放出をコントロールする「アパタイト カプセル」を紹介した(図18.01,[2],[3],[4],[5])。

薮塚らは「京都大学アカデミックデイ2015」([6])、「京都大学アカデミックデイ2016」([7])、「京都大学アカデミックデイ2017」([8])、および、「京都大学アカデミックデイ2019」([9])に参加することで、上記の研究を紹介し続けている。

(a).「骨の構造~私たちの身体を支える骨の中身をみてみよう~」、「生命体の構造をつかさどるユニークな生体鉱物「アパタイト」とは?」、「骨の主成分「アパタイト」は、からだの中でどうやって作られているの?」、および、「「生体活性」な材料とは? ~からだを勘違いさせて人工骨と生体骨を結合させる~」。 
(b).「人工の体液を使って、からだの中でアパタイトが作られる反応を再現する」、「骨の治療を目的とする「生体活性」な人工骨素材」、および、「体内で薬の放出をコントロールする「アパタイト カプセル」」。
図18.01.生体鉱物で身体を治す素材をつくる。参考文献5から引用。

ヒドロキシアパタイトは分子量1,005の無機化合物で、骨の主成分(約70重量%)となる一方で、天然では結晶構造を取る(図18.02,18.03)。

タンパク質や細胞と非常に馴染みやすく、骨と直接結合する。

(a)示性式。
(b)構造式。ChemSketch(ケムスケッチ)で作成。
(c)結晶構造。
2019年09月15日、「京都大学アカデミックデイ2019」にて撮影。
図18.02.ヒドロキシアパタイトの構造式。
図18.03.ヒドロキシアパタイト原石。
2019年09月15日、「京都大学アカデミックデイ2019」にて撮影。

ヒト体液には、ヒドロキシアパタイトの成分であるカルシウムやリンなどの無機物が多く含まれる。

骨の表面では、体液中の無機物骨の上に析出し、結晶化することで、ヒドロキシアパタイトが産生される。

骨は血液産生上重要な役割を果たすが、その大部分を占める無機物は人体に存在する体液から産生される。

骨は、繊維状のコラーゲンの上に析出したヒドロキシアパタイト結晶が、綱引きの綱のように編みあがった構造を取っており、また、人体はコラーゲンのしなやかさと、ヒドロキシアパタイトの硬さを絶妙なバランスでマッチさせることで、頑丈で衝撃に強い性質を骨に与えている(図18.04)。

図18.04.向かって左から、脊椎と膝関節の模型。
2022年06月19日、「アカデミックデイ2022」にて撮影。

人体などの生体は、外から異物が入ると、体外に排除しようとする性質がある。それ故、適当な材料を人工骨として使用しても、人体はこれを排除する。

一方、ある種の材料は、体内で表面にヒドロキシアパタイトを作って自らを覆う。アパタイトは骨の主成分なので、人体はこの材料を自己と誤認して排除せず、やがて骨と結合する。この性質が「生体活性」である。

骨のヒドロキシアパタイトは、体液からミネラルを取り込むことで産生されるが、この反応は、体液とほぼ同じイオン濃度になるように調製した人工体液の中で再現できる。

薮塚らは実験室で、この上記の人工体液を調製している(図18.05)。

その中に金属、プラスチック、薬剤などを入れる。そして、それらの表面で、人体内でのヒドロキシアパタイト産生反応を再現することで、骨と結合する人工骨や生体になじみやすい薬剤カプセルを開発している。

図18.05.人工体液。チタン合金 インプラント ヒドロキシアパタイト培養中。
2022年06月19日、「アカデミックデイ2022」にて撮影。

人工骨はこれまで様々な素材のものが開発されてきたが、その中でも骨と直接結合できる素材(生体活性セラミックス)は数えるほどしかないうえ、それらは耐衝撃性に問題があって、用途がどうしても限られる。一方、骨と結合はしないものの、丈夫さや軽さ、化学的安定性を追求した優れた材料は数々生み出されている。人工歯根や人工股関節の母材に使われるチタン合金がその代表例である(図18.06)。

こうした素材の場合、従来は医療用の接着剤などを使って骨と結合されてきた。しかし、接着剤でくっつけるだけでは、長年使っている間に結合部が緩むことで、再手術が必要になり、結果として患者にとっては大きな負担となってしまう。

(a)チタン合金。
(b)バイコン ジャパン株式会社 人工歯根。
(c)人工股関節などの人工関節。
図18.06.チタン合金とその製品。
2022年06月19日、「アカデミックデイ2022」にて撮影。

そこで、薮塚らはチタン合金などの上記の優れた材料に表面処理を施すことで骨と自然に一体化するようにし、人工骨として利用することに取り組んでいる。具体的には、骨と結合させたい人工骨の表面にヒドロキシアパタイトの「種」となるリン酸カルシウムを前もって植えつけておくことで、体内でヒドロキシアパタイトの結晶が形成されるよう促し、人工骨が迅速に、そして長期間にわたって安定して骨と結合できるようにする。

ヒドロキシアパタイトはヒトの骨の主成分でもあるため、骨とよく馴染んで安定して結合できるという性質がある。人工骨の表面処理は多くの場合、熱を加えて高温で行う事例が多いが、この方法は材料に対して熱的に相当な負荷がかかってしまうため、長期間体内に入れておくと、材料の表面に前もって作っておいた膜が剥離しやすいという課題が指摘されている。一方、薮塚らが開発に成功した方法は、生体中の骨の形成過程を模倣して骨と非常になじみの良い表面の構造を常温常圧で作るため、剥離の心配が少ないという利点がある。

また、薮塚らは2つ目の研究テーマとして、ヒドロキシアパタイトと医薬品の効果を掛け合わせた機能性材料を開発している。

ヒドロキシアパタイトは様々な物質を吸着したり、自身の構造の内部に抱え込んだりできるという性質も有する。そこで、ヒドロキシアパタイトで小さなカプセル状の微粒子を作って、その中に病気の治療薬などを入れる。そのカプセルを体内に入れて、患部に届いたときに初めて薬が効くようにしたり、薬が出てくる速度を調整したりする。体内で必要なときに、必要な量の薬を患部に届ける技術はドラッグ デリバリー システムと呼ばれる。こうした場面でも、ヒドロキシアパタイトが使えないかということで、日々研究を進めている。

 ヒドロキシアパタイト使用医療機器自体は既に販売されているとはいえ、主に焼結法で製造されている([10])。

上記の件からも、薮塚らの研究の一刻の早い実用化を私は期待する。

関連記事



参考文献

[1] 国立大学法人 京都大学.“アカデミックデイ2022”.K.U.RESEARCH ホームページ.アカデミックデイ.https://research.kyoto-u.ac.jp/academic-day/a2022/,(参照2022年10月19日).

[2] 国立大学法人 京都大学 大学院エネルギー科学研究科 エネルギー基礎科学専攻,工学部 工業化学科 先端化学コース 機能固体科学分野.“研究内容”.機能固体科学分野 ホームページ.http://fssc.energy.kyoto-u.ac.jp/research.html,(参照2022年10月19日).

[3] 国立大学法人 京都大学.“Vol.35 2022/03/11 無機物から細胞まであらゆるものを繋ぐアパタイト、その可能性を追求する。「医療レス社会の実現に貢献する『アパタイト学』の構築」エネルギー科学研究科 講師 薮塚 武史”.K.U.RESEARCH ホームページ.ドキュメンタリー.2022年03月11日.https://research.kyoto-u.ac.jp/documentary/d035/,(参照2022年10月19日).

[4] 国立大学法人 京都大学.“生体鉱物で身体を治す素材をつくる 研究者からの一言:骨と自然にくっつく人工骨の開発に取り組んでいます”.K.U.RESEARCH ホームページ.アカデミックデイ.アカデミックデイ2022.https://research.kyoto-u.ac.jp/academic-day/a2022/a2022-p017/,(参照2022年10月19日).

[5] 国立大学法人 京都大学.“2022_18_poster.pdf”.京都大学学術情報リポジトリ KURENAI ホームページ.900 京都大学シンポジウム・公開講座等.アカデミックデイ.アカデミックデイ2022.ポスター/展示.生体鉱物で身体を治す素材をつくる.2022年06月19日.https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/275946/1/2022_18_poster.pdf,(参照2022年10月19日).

[6] 国立大学法人 京都大学.“骨は水から作られる~生物の営みに学ぶ”.K.U.RESEARCH ホームページ.アカデミックデイ.京都大学アカデミックデイ2015.https://research.kyoto-u.ac.jp/academic-day/a2015/a2015-p014/,(参照2022年10月19日).

[7] 国立大学法人 京都大学.“生命体の骨格をつくるアパタイトの科学”.K.U.RESEARCH ホームページ.アカデミックデイ.京都大学アカデミックデイ2016.https://research.kyoto-u.ac.jp/academic-day/a2016/a2016-p058/,(参照2022年10月19日).

[8] 国立大学法人 京都大学.“次世代の医療を支えるアパタイトの科学”.K.U.RESEARCH ホームページ.アカデミックデイ.京都大学アカデミックデイ2017.https://research.kyoto-u.ac.jp/academic-day/a2017/a2017-p040/,(参照2022年10月19日).

[9] 国立大学法人 京都大学.“哺乳動物の体を支えるアパタイトの科学”.K.U.RESEARCH ホームページ.アカデミックデイ.京都大学アカデミックデイ2019.https://research.kyoto-u.ac.jp/academic-day/a2019/a2019-p020/,(参照2022年10月19日).

[10] 国立大学法人 東京医科歯科大学.“ハイドロキシアパタイト”.東京医科歯科大学 ホームページ.インキュベーションラボ部門.生体材料工学研究所における実用化事例.https://www.tmd.ac.jp/dtic/jirei/HAp/,(参照2022年10月19日).

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?