「こだわりの提案」と「安心でお手軽」の両立|WEB住宅提案の最前線
「理想のデザイナーズハウスを叶える」という新しい住宅商品サービスが、4月29日に発売されました。その商品名は「Cleverly D'ees」。販売元は全国160店舗を超えるフランチャイズを展開する注文住宅ブランド「クレバリーホーム」です。
WEBシミュレーションを介してライフスタイルに関する質問に答えると、希望に沿った3つのデザインが提示される。しかも、そのデザインは3人の建築家が設計したもの。一体どんな内容なのでしょうか。そして、「建築家による設計」と「簡単な質問に答えるだけで得られる提案」という、相性がよくなさそうな組み合わせはなぜ成立するのでしょうか。
理想のデザイナーズハウスがお手軽に
ライフスタイルに関するいくつかの質問に答えると、希望に沿った3つのデザインが提示される。これだけなら「あぁ、大和ハウス工業『Lifegenic』のクレバリーホーム版かな?」と思います。
でも、この「Cleverly D'ees」が差別化を図るのは、シミュレーション結果から提示されるプランが建築家(海野将彦、飼沼幸子、川邊周吾の3氏)による設計だということ(図1)。
図1 Cleverly D'eesを提案する3人の建築家
同商品サイトではこう説明されます。
商品開発にあたって、建築家たちにそれぞれ「自分で住みたい家」をさまざまな設定のもとに設計してもらい、合計で100を超えるプランを揃えたのだそう。WEBシミュレーションにて簡単な項目に答えるだけで「あなたにぴったりのプラン」が提供されるといいます。
本当に自分たちの家も、ファッション誌や専門誌に掲載されているような「スタイリッシュなデザイナーズハウス」になるのだろうか。その不安とプレッシャーに商機を見出したのが「Cleverly D'ees」なのでした。なるほどなと思ったのは次のアピールです。
建築家はとかく敷居が高い。しかも、いろいろ打ち合わせた結果、期待していたようなプランができなかったらどうしよう、という思いもあるでしょう。デザイナーズハウスみたいなカッコイイ家に住みたいけれども、あまりなじみのない人種である建築家には不安もつきまとう。それこそ、作品主義のヘンタイといったステレオタイプなイメージは根強くあるわけで(それゆえ、いかに「怖くない」かを発信することが設計事務所の広報戦術だったりもする)。
住宅産業史を振り返って、ハウスメーカーと建築家のコラボはこれまでもたくさん展開されてきました。ハイムの大野勝彦、パナの篠原一男、積水ハウスの内藤廣ほかなどなどから、近年では鈴木エドワード、アトリエ・ワン、あとツバメ・アーキテクツなどなど。
同時に、WEBシミュレーションを介した家づくりもまた、先ほど言及した大和ハウス工業「Lifegenic」のライフスタイル診断からのプラン提案はじめ、インターネット住宅販売をその典型として着実に根付きつつあります。この二つの潮流の合流として「Cleverly D'ees」は捉えれらます。
「こだわり」と「お手軽」
大和ハウス工業の「Lifegenic」にせよ、クレバリーホームの「Cleverly D'ees」にせよ、共通するのは「こだわり」=よりよいものを着実に手に入れたいという思いと、「お手軽」=あれこれとわずらわされることなく確実に手に入れたいという思いを両立させる仕組みだということ。
以前、ミサワホームが「『あたりまえ』の間取り集」と謳って、既存のプラン集からご所望のものを選ぶ行為を、「『住む人』にとって、あたりまえ。『敷地や環境』にとって、あたりまえ。『実現したい生活』にとって、あたりまえ」と意味づけたことも、同じメンタリティに由来しているのだと思います。「こだわり」が込められたものは「あたりまえ」に行きつく。そんな「あたりまえ」を選ぶのが確実という「お手軽」さ。
実物を竣工前に確認することができない完全注文住宅は、それはそれで魅力的なのは重々承知しつつも、よりよくなる可能性は同時により悪くなる可能性と一体であるという不安はぬぐえない。むしろ、安心できるラインナップのなかから選び、それをカスタマイズするほうがベターであろうという判断は説得力ある。
そんなスタンスの典型例がジブンハウスの「スマートカスタム」。スマホ上で、シリーズ→プラン→テイスト→セレクト→オプションと与えられた選択肢を選んでいくとプライスが提示される流れ。
あとは、用意されているラインナップがいかに「こだわり」に値するものか、その権威づけが問われる。クレバリーホームの「Cleverly D'ees」は、そんな文脈から「建築家」が召喚されたのだろう。
松下電工DACシステム
ところでWEBシミュレーションを介して建築家のプランが提示される流れは、どうしてもあの伝説(?)の「松下電工DACシステム」を思い出させます(図2)。
図2 松下電工DACシステム
1963年、建築設計協働組織RIAは、持ち家大衆化に伴う住宅の大量需要に対応するために「RIAホームカウンセラーズ」という仕組みを開発。そのあたりの経緯や詳細は、RIA住宅の会編『疾風のごとく駆け抜けたRIAの住宅づくり[1953-69]』にくわしいです。
この仕組みは家づくりの打ち合わせから図面作製までの一連の流れをシステム化したもので、これにより、①面接時間の短縮、②計画時間の短縮、③図面作製時間の短縮が図られる。いってみれば住宅金融公庫の標準住宅設計図の仕組みをより洗練させ、かつ「カウンセリング」によってマッチングさせたものとも言えそう。
「RIAホームカウンセラーズ」の開発にかかわった建築家・近藤正一氏が、住宅提案における「カウンセリング」の重要性についてこう語っています。
大事なのは「誘導」。では、どのようにして「誘導」するのがより効果的なのでしょうか。たとえば「RIAホームカウンセラーズ」は、住友信託銀行と組んでコンピューター利用のシステムに発展します。「住友信託RIAシステム」です。さらに松下電工と協働しての「松下電工DACシステム」へと進化することに。RIAの社史にはこうあります。
共同先が「住友信託RIAシステム」と「松下電工DACシステム」であることからも分かるように、住友信託は住宅ローン融資のキッカケづくりを期待し、松下電工は自社製品を積極活用した実施図面への「誘導」を目指しています。そう思うと「Cleverly D'ees」は銀行的な意図と建材メーカー的な意図の両方を併せ持っているものとみなすこともできます。
とはいえ、1960年代の住宅設計大量需要時代からはるか遠く、需要縮小の令和時代に至って、コンピューターを利用してプランが出てくる仕組みが必要なのかどうか。当然に必要だと踏んだから商品化されたわけですが、そのヒントはすでに「DACシステム」の時代に見出すことができます。
雑誌『週刊ポスト』1969年12月5日号に「あなたの家を週刊ポストがタダで設計してあげます、ナショナル新しい住まいづくりDAC(松下電工・RIA建築綜合研究所)を活用した愛読者抽選企画」なる記事が掲載されました(図3)。
図3 週刊ポストのDACシステムを使った「愛読者抽選企画」
その記事には同システムを利用した人の声がこう記されています。
この証言にはいくつか注目される論点が含まれています。まずは「自分で設計している段階」という言葉。設計事務所を介さずに、お客さん自身がエンピツなめなめ間取りを検討するのはざらにあったということ。実際、自ら設計するための参考図集や指南書は当時ワンサカと出版されています。
そしてもう一つは「コンピュータが書いた設計図」だから「説得性がある」という言葉。コンピュータがいまだ庶民どころか一般企業の手にもとどかない代物だった時代に「コンピュータが書いた設計図」はまさに“神託”(住友信託だけあって)だったのでしょう。
それこそ、かつては間取りの良し悪しを判断したのは、その土地の庄屋さん(=分限者)でした。家相の知識と吉凶判断は庄屋さんの基本知識・技能だったわけで、ひとびとは「血族」としての「家」の繁栄、家永続の願いをもって判断を仰いだのでした。戦後になってこうした関係性が断たれると、人々は自らが主体的に間取りを「判断」することを迫られることに。でも「判断」は難しい。やはり「庄屋さん」がいてほしいわけです。つまりはコンピューターは分限者の位置にあるということ。
オーダーメード感の極北
しかも、コンピューターに情報を与え選択するのは自分たちです。自分たちの要求が盛り込まれた間取りが生成された受け取れることが大事。たとえそれが200数例のすでに準備されたプランだとしても。そのあたりの「RIAホームカウンセラー」に寄せる人々の気持ちを西山夘三はこう指摘しています。
ここには、かつて富裕層が大工棟梁とあれこれ相談しながら家をつくりあげていった「道楽」としての家づくりが「公庫クラスの中級個人住宅需要階層」に模倣されている可能性が示唆されています。持ち家の大衆化は、これまで家づくりの主体たりえなかった人々にも主体性を要求することになりました。たとえば『すぐに役立つ住宅図集 No.1 実例・間取・つくり方』(理工学社、1960年)に収録された「住宅を建築される方方へ」という文章にはこうあります。
とはいえ、人生に一度か二度といわれる買い物なのに「建築家と論争するぐらいの気構え」をもつというのは、なかなか荷が重い。そこで、富裕層の家づくりが模倣できるような仕組みにニーズが生じたとみることもできるでしょう。
そんなこんなを踏まえると、令和の時代になって「理想のデザイナーズハウスを叶える」ことができる「Cleverly D'ees」はとても興味深い対象といえます。そこには建築家とは何か、持ち家とは何か、家づくりとはいかなるものかといった問題と、そこから派生する、建築家や持ち家、家づくりが「どのようなものとしてみなされているのか」を考える手掛かりがたくさん見出されます。
(おわり)
参考文献
1)西山夘三『日本のすまいⅡ』勁草書房、1976年
2)RIA住宅の会編『疾風のごとく駆け抜けたRIAの住宅づくり[1953-69]』、彰国社、2013年
関連note
WEBを活用した住宅提案については、以前こちらでも書きました。コロナ対応と震災復興支援住宅に共通する「ネット住宅販売」について(一部本noteと内容に重複があります)。
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