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自#141|サンセットパーク8(自由note)

 マイルズの父親は、マイルズの母親と別れて、ウィラ・パークスと再婚します。最初の妻は女優でしたが、ウィラは大学の先生です。ウィラには、ボビーと云う息子がいます。ボビーとマイルズは、二歳半離れています。ボビーの方が歳上で、二人は、義理の兄弟として、子供時代を過ごします。お決まりの口論や軋轢(あつれき)は、しょっちゅうあります。精神年齢が同レベルだと、ちょっとしたことでも、対立してしまい、すぐに喧嘩になります。兄弟と云うものは、基本、年中、争っているものです。が、小康状態、休戦、楽しい時期だってあります。

 私は、小5の夏に伯母に引き取られて、中1の冬まで、2年半ぐらい、伯母の家で暮らしていました。一歳上のMちゃんと云う従姉がいました。この従姉とは、しょっちゅう喧嘩をしました。さすがに、相手が女の子ですから、取っ組み合いとかはなくて、口論です。私が伯母に引き取られる前の年に、伯母の御主人は海の事故で亡くなりました。つまり、Mちゃんは、小5で、父親を亡くしたんです。私は、伯母には可愛がられました。父親が亡くなって、メンタルが相当しんどい状態なのに、そこに自分の母親の愛情を奪う部外者の私が、いきなり乱入して来たわけですから、Mちゃんが、私に敵意を持たなかったら、逆に不自然です。Mちゃんと私とが、親しい姉弟のようであったと云うことは、一度もありません。ただ、一緒に過ごすだけで、親しい兄弟のようになれると云ったことは、絶対にあり得ません。人と人との関係と云うのは、もっとはるかに複雑で、微妙なものです。

 マイルズの父親のモリスも、ボビーの母親のウィラも、なさぬ仲の義理の息子に対して、努力して、せいいっぱい愛情を注いだんだろうと想像できます。愛情を注げば、注ぐほど、実の息子の方は、自分の本当の親の愛情を奪われてしまったと感じてしまいますから、敵愾心(てきがいしん)は、より一層、増大してしまいます。血のつながった実の兄弟であっても、親の愛情に差があれば(相性が合う合わないと云うことは、実の子供の場合だって当然ありますから、差がある方が、普通だと思います)兄弟は、対立してしまいます。なさぬ仲の親子、血のつながってない兄弟が、そこそこ上手くやって行くだけでも、かなりのレベルの知恵と努力、忍耐力が必要だろうと想像できます。

 ボビーは、頭の回転も速く、剽軽(ひょうきん)でしたが、生徒としては、最悪の劣等生でした。反抗的で悪さばかりをしていたので、問題児のレッテルを貼られていました。私も中学時代は、問題児のレッテルを貼られていました。問題児のレッテルを貼られると、優等生的にふるまうと云ったことは、もうあり得ません。毒を食らわば皿までと云うノリで、問題児は、開き直って、さらに問題児のレベルをupさせようとします。つまり負のスパイラルに入ってしまうんです。

 ボビーは、15歳の頃には、マリファナ常習者で、小遣い稼ぎで、ささやかなドラッグ売買に手を出す、ありがちな目の曇(くも)った高校生になってしまっていました。優等生で真面目なマイルズとは、接点がありません。が、兄弟ですから、一緒に暮らしています。

 ある日、二人は歩いて、両親が夏の間レンタルしているサマーハウスに向かっていました。口論が起こり、小競り合いになり、マイルズがボビーを押すと、ボビーは車道に倒れてしまい、そこにカーブを曲がって来た車が、突如現れ、ボビーを弾いてしまいます。ボビーは、一瞬にして、生命を粉々に砕かれてしまいました。マイルズには、勿論、ボビーを殺す意志など、まったくなくて、これは事故ですが、自分の加害行為で、相手は死んでしまいました。もう絶対に取り返しのつかない過失です。自分の加害行為が原因で、ボビーが生命を失ってしまったと云うトラウマを、マイルズは生涯抱えて生きて行くことになります。その後、大学の3年生の終わりまで、普通に過ごす努力をしますが、人を殺してしまったと云うトラウマを抱えた人間には、「普通」は、ハードルが高すぎるんです。結局、大学を中退して、放浪者のような生活を、7年半続けて来ました。

 すぐ傍にいる人間が、突然、死ぬ。まあ、人間は実存的存在ですから、こういうことは、案外と普通に起こります。私は、中学2年生の時、バンドを組んでいました。ベーシストのMが、中2冬、シンナーでラリって、マンションの屋上から落下して、死亡しました。これは、事故です。一緒にいたリードギターのAは、怖くなって、自宅に戻り、自宅からロープを持ち出し、山の中で、首を吊って死にました。これは自殺です。中2の冬、バンドメンバーの二人が、いきなり消えました。一寸先は闇、これは政界用語ですが、人生だって似たようなことが言えます。二人が死ぬ前に、ドラムのYは少年院に行ってしまっていましたから、バンドそのものは開店休業状態でした。私は、二人が死んだ時、傍にいたわけではありません。が、親しい人間に死なれると、世界観が大きく揺らいでしまいます。この世界は、信頼に足りるものだと云う確信が、砕けてしまうんです。当時、私は14歳。15歳のマイルズにも、同じようなことが起こったと想像できます。

 この世界が信頼に足りるものだと云う考えを、肌身に刷り込んでくれるのは、親の愛情だと私は考えています。残念ながら、私の母は、そういう役目は果たしてくれませんでした。世界観も、人生観も、結局、自分で作り上げて行くしかないんです。現実に、自分をサポートしてくれる他者には、なかなか出会えないと思います。自分をサポートしてくれる他者に出会うためには、読書は、絶対に必要です。私は子供の頃から、本を読んでいます。my best favorite thingが、本なのか音楽なのかは、甲乙つけがたいんですが、自分にとっては、どちらも欠かすことはできません。

 本の中で、他者と出会って、他者の世界観、人生観を学び、自分自身のそれを構築して行く、本を読む人間なら、誰もがやっていることです。限りなくすべてを削ぎ落としますが、マイルズは、本だけは読んでいます。本を読むと云うことは、つまりこの世界は信頼に足りるものだと云うことを、やはり心のどこかで、信じているからです。

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