- 運営しているクリエイター
2020年8月の記事一覧
(終)四角いマットの人食い狼(13)
8月8日。
遠くから、歓声が響いてくる。地鳴りとなって。熱となって。
帝国ドームは、プロレスファンで超満員となっていた。目当てはメーン・イベント。絶対王者である神野と、知る人ぞ知る強豪マスクマンにして、その実力はファンの中で語り草になっているローン・ウルフとの30分一本勝負。
強者という名の狼が喰いあう。それがプロレスであり、神野が作った世界だった。
「よう、ウルフさんよ」
ハラダは
四角いマットの人食い狼(12)
──7月31日。
本当なら、試合直後に叩きつけてやるつもりだった。深夜の後楽園ホール。とっくの昔に撤収し、人通りもいなくなった。ぬるい風だけがその場に残っている。
「あんたとリブレのヘビー級チャンプのベルトを賭けて試合がしてえ」
ウルフは、簡易マスクとジャージ姿のラフな格好でそれを聞いていた。
「元神プロの若手エース様にそう言われるとは、光栄だな」
ウルフは唸るように──レスラーと
四角いマットの人食い狼(11)
──二日後。
神プロ本社第二会議室。
ハラダは古川によって神プロに呼び出されていた。言いたいことをまっさきに言う。それがハラダの願いだった。
「俺はローン・ウルフとやりますよ」
ウルフの名前は、古川の身を震わせるに十分だった。彼の未来を自分は知っていて──あまつさえマットの下で始末をつけようとしている。
ハラダはどこまで知っているのだろう。昨日、ヤクザまで使ってウルフを排除しようと決
四角いマットの人食い狼(10)
翌日。
新宿区『大江戸ビル』十五階。近代的かつきれいなオフィスビルディングの最上階に、その事務所はあった。
東海興行。威圧的な大きさ木看板には、金箔でレタリングされた会社の名前。どこからどう見てもまっとうな会社でないことは火を見るより明らかだった。
「古川の……そりゃ、わしらも神プロの今後は心配しとる。知らん仲じゃないけんの」
傷だらけの男だった。白いスーツに身を包み、威圧的な顔をして
四角いマットの人食い狼(9)
イチ、ニ、サン、シ……
薄暗い部屋──調度品は極めて少なく、高級マットレスによる最高の睡眠環境と、最高級トレーニング器具が数台並ぶこの部屋が、ハラダの居住区間の全てだ。
もちろん、もっと広い部屋にも住めるのだが、それはチャンピオンになってからと決めている。
汗が落ちる。
彼にとってのトレーニングは、己との戦いであり──単なるガス抜きでもあった。
満足できる相手がいないというのは、何より