#51 深い一日

「えー!!ワンマッチ興行ーーっ?!」
その場にいる全員が声を合わせた

そんな中、星野さんが先陣を切って社長に
「ど、ど、どういうことですかっ?!ワンマッチ興行なんて無茶です!無謀過ぎますって!!」
と声を荒げる

社長は小指で耳を掻きながら
「ああーうるさいっ!!大声出すな!聞こえてるわ!お前といい真琉狐といい!!」

「でも社長!ワンマッチなんて私は反対です!!」
言い切った


そうだ!そうだ!
私のデビュー戦はどうなるんだー!!
自然と口が尖っていく


「星野ーー!!」

「はいっ!」

社長のドスの効いた声で事務所内の空気は一気にピリついた

「お前、興行で一番の支出は何だよ?!あ?!」

アワアワし始める星野さん
言葉を操るのが仕事なのに上手く言葉が出てこないみたいだ

「それは人だ!人件費だ!そうだろ?人を動かす金が一番の出費だろ?基本中の基本だ!今までお前たちはボランティアでがんばってくれた。それには感謝だ!だがここからはそうはいかない。お前らはウチの懐事情をよく知ってるはずだ。削れるもんは削らなきゃいけねえやな?それに今回の試合はウチの所属の対決だ。ギャラもかなり抑えられる。後、お前らはバタやん(田端さん)の上げてくれた記者会見の数字をちゃんと見てんのか?そしてそれがどれだけ拡散されプロレスファン以外の目にまで止まってるのかまで見てるのか?そりゃあ賛否両論あるだろうよ。でもそこから目を逸らすな!どれだけ真琉狐のヤツが叩かれてるのか知ってるのか?アイツはきっと全部知ってるよ。それでも毎朝ここに来てカーコとの試合を直訴してたんだ!アイツは精神を病もうが何しようがプロレスをやりたいんだ。しっかりと世間が何を観たいかを把握しろ!真琉狐の気持ちを、そして批判覚悟で戻ってきたカーコの想いを汲んでやれ。そして信じてやるんだ!もうこれは俺が決めたんだ!撤回は認めねえ。ケッテーだ!!」


静まり返る事務所
空調の音だけが虚しく響く

社長の迫力と説得力のある言葉で誰も何も言い返せない


この空気感に一番耐えれなかったのは社長みたいで
「ま!ワンマッチ興行なんて昭和以来じゃねぇか?インパクトもあっていいじゃねぇか。後はそれぞれ頼むぞ!大入のポチ袋買っとかねぇとなガハハハハ」

そして社長は全員の顔を見渡し
「よしっ!異論はねぇな!それじゃあまず今夜のリリースに向けて動いてくれ!お前ら歴戦の兵に指示出す必要もねぇだろ。頼むぞ!」

「ハイッ!」
全員の目の色が変わった

ワンマンだが何十年もの培った経験が社長のカリスマ性となり有無を言わせず圧倒し納得させる
そんな場面を見た

全員が自分が成す仕事を把握していてすぐに取り掛かる

社長は私と近くにいた夢子さんに近づいてくる
そして真剣な眼差しで

「夢子、今回は悪かったな」

「いえ」

「、、、そうか」

「ハイ」

「真琉狐のサポート頼むぞ!お前の方がよく知ってるだろうがフワッとして気まぐれに見せているが誰よりも線が細いところがある。お前は全世界女子の精神的支柱であり、選手たちの母であり、姉である。お前はお前の役割を全うして今回の興行を成功に導いてほしい。必ずこの大会の先には新しい全世界女子の未来が待ってる。頼んだぞ!」

「ハイ」

真っ直ぐな瞳で夢子さんは答えた

社長は夢子さんの想いを噛み締めるかの様にコクンとうなづいた

そして私の方を見て
「たま、残念ながら今回デビュー戦は延期だ。だがその分だけ練習に励めるという事でもある。夢子や亀、ひろし(ジョニーさん)の言う事を真剣に聞いて吸収し全世界女子の名に恥じないデビュー戦を見せてくれ。頼んだぞ!」
そう言って私の頭をポンっとした

いつもの仏頂面で何を考えてるか全くわからない社長が初めて奥底から優しい瞳で言葉を掛けてくれた

「、、、ハイッ!」

「よし!じゃあお前らはもう練習に行け!」

「ハイッ!」






そしてその日の練習は社長に言われた「頼んだぞ!」という言葉が嬉しくていつもより更に気合いが入ってがんばれた気がする

今回デビュー戦は延期になってしまって最初は悔しかったし「何で?」という気持ちが強かった

でも社長は久々の興行、ネット上での声、ワンマッチというインパクト
諸々の経費の事そして真琉狐さんや薨の想い全てを鑑みて出した結果だということ

私は私なりに理解が出来た


そしてベッドに入る前にスマホをチェック
ネットニュースにも大々的に今大会の発表が取り上げられていた

インプレッションもすごくトレンドにも上がっていた
流石にコメントは見なかったが良きにつれ悪きにつれ世間が関心を持っていることは確実だ

公式のバナーに写る2人
真琉狐vs薨の文字

大好きで可愛がってくれる真琉狐さん
プロレスを知るキッカケでずっとその試合の映像を観て憧れた薨

この2人が闘うという夢みたいな話が現実となり私の目の前に浮かび上がる

ほとんどの人が知らない
2人の中に流れる
葛藤・苦悩・嫉妬そして愛憎


プロレスファン目線で見れば早くこの闘いを観たい

でもいろいろと2人の関係を知った今、この日が来ないことを願う私もいる


私は自分で意識しないまま階段を降り道場へ
そしてリングの上に座り込み神棚を見上げた


「英実さん、真琉狐さんと薨が闘うこと決まったよ。でね、私のデビュー戦は延期だって。まぁ私はまた次がんばるからいいんだけどね、、、発表された時はね正直興奮したんだ。でもぅ、ご飯食べてお風呂入ってネット見てたら、、、怖くなってきちゃったんだぁ、、、英実さん?大丈夫なのかなぁ?大丈夫だよね?3人は仲良かったんでしょ?きっと仲直りできるよね?」

私は大の字に寝転んだ
そして暫くの間天井を見つめていた

「今日は何か深い一日だったなぁー」
そう言いながら目を閉じた






、、、zzz、、、zzz、z、、、






私はそのまま寝てしまい翌朝、社長の怒鳴り声で目が覚めたとさ




チャンチャン




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