#43 薨の想い、真琉狐の苛立ち

薨だ!
薨がほんの扉一枚向こうにいるという現実

だが今はまだ画面を通している状態で実感が湧かない

そして出会いも当然ながらたまたま流れてきた私のスマホの画面

美しい容姿
ポーカーフェイスの瞳の奥に漲る闘志
猫科の動物の様なしなやかな動き
そしてその長い髪は黒い炎の様に揺れる

私は一目で虜になった
それが全てのキッカケ
そこから全てが始まり私は今ここにいる

ようやくプロの切符を手にした
そしてよく表現される
"リングは繋がっている"
という言葉

でも薨とは交わることはないと思っていた
そしてあの時HYDRANGEAへ送ろうとしていた履歴書を破り捨てた気持ちのまま
彼女は異世界の人間として存在し続けると思っていた、、、



そして社長から薨はジャージを手渡される
2日前に私ももらったのと同じデザインだ
金の刺繍で「KÖ」
セカジョのメンバーの証だ
それが画面いっぱいに映し出される

全身真っ黒な薨のスタイル
手渡された赤いジャージをファッと肩に掛けて着席した
なんだか少し笑みを浮かべているようだ


そんな会見場とは裏腹に控室の空気はさらにピリついてきた

夢子さんは変わらず憮然とした様な雰囲気で椅子にもたれ腕を組む

真琉狐さんはさらにイライラが増しているのか足をカタカタ揺らし始めた


一体どういう感情なのだろうか?
怒り?
真琉狐さんからは感じられるが夢子さんからは感じられない

嫉妬?
いや2人とも地位を確立しているレスラー
それにそういうことでも無さそうだ

2人の想いの大元は同じ気がするがそれぞれの感情のベクトルが違う気がしてならない


そして星野さんが
「それでは薨選手!今回、全世界女子に入団したキッカケや想いの方をいただけますか?」

薨が公の場で話すのは私の知る限りは今回が初めてだ
思わず固唾を呑んだ

「ハイ、私はこの大体4年弱くらいですかね。アメリカをはじめメキシコ、イギリス、ドイツそして日本といろいろな団体を渡り歩きベルトも巻いてきました。」
凛とした表情で薨は語り出す

「そんな中でやはりベルトというものも時代とともに統合や改変を繰り返し移り変わってゆく。しかし一つだけ創立当時から変わらぬ姿で歴史を紡ぎ今現在も燦然と輝く、それがセカイのベルト。私はそれを獲る為、その夢を叶える為に望んでここへ、、、ここへ来ました」

淡々とした薨の口調の裏側には触れれば火傷しそうなほどの熱意が感じられる

そして会見場では薨の静かなる熱意が伝わったのか記者の人たちが「うぉーっ!」と思わず声を上げていた


その様子を見ていた真琉狐さんは思わず「チッ!」と舌打ち
足の揺れも大きくなり
もう完全に苛立ちが隠せなくなっている

そんな様子を見て夢子さんが真琉狐さんの肩にポンと手を置き「落ち着け」と言わんばかりに軽く体を揺らす
また真琉狐さんは爪を噛んだ


薨の話は続く
「そしてその夢を叶える為には避けて通れない大きな壁があります」

グーッと引き込まれる
現場にいる人間だけでなく画面の向こうの同接で配信を見てる人たちも同じだろう

「雨宮夢子選手、彼女と闘いたい」

また歓声が上がる
さっきより大きく壁や扉を超えて肉声が控室まで薄っすら届くくらいだった


夢子さんの眉間の皺はより深くなり

真琉狐さんは小声で
「、、、セカイのベルト?、、、雨宮夢子?」

試合や練習で時折見せる怖い顔
しかし真琉狐さん特有とでも言うのだろうかその中にもキュートさが見え隠れし小悪魔的な雰囲気が醸し出されている

でも今は怒りに満ち満ちているかの様に爆発寸前でもしかすると誰にも見せたことない表情なのかもしれない


「今現在、女子プロレスの人気は少しずつ盛り返してきていると思います。その女子プロレスを現在に繋げてくれ多くのレスラーが憧れ入門し今トップ戦線に立っている。女子プロレス中興の祖、そして今も最強のレスラーとして讃えられている雨宮夢子。彼女を倒しセカイのベルトを獲る。それが今の私の全てです」

薨は夢子さんやセカイのベルトに敬意を払い尚且つ自分の想いを明確に伝えた

会見場から聞こえる歓声やどよめきはさらに増したように思えた

その刹那、、、

バッコーーンッ!!

真琉狐さんは立ち上がり椅子を思い切り蹴飛ばした

飛んだ椅子は勢いよく壁にぶつかりボードに穴が開いてしまった

座って画面を睨みつけたまま夢子さんが
「真琉狐ーーっ!!」

そしてゆっくり立ち上がり
「真琉狐、落ち着け!な?!」
肩に手をやるが真琉狐さんはその手を払い退ける

怒りのあまり肩で呼吸をしながら真琉狐さんは
「フーッフーッ、セカイのベルトと雨宮夢子の名前謳われて黙って首垂れてるくらいならレスラー廃業しろって話ですよ、、、どいて下さい」
怒りを必死に抑え夢子さんと話しているようだ

控室を出ようとする真琉狐さんを制止しながら
「真琉狐、まだ誰も呼びに来てない。落ち着け!」

「、、、もう一度言いますね、、セカジョは私の家なんです。そして雨宮夢子は私の親なんです。そんな大切なモノを簡単に謳われて黙ってちゃ舐められるんですよ。私はセカジョをっ!雨宮夢子を!、、舐められて首垂れて黙ってるようなプロレスラーじゃないんですよ、、、どいてください」
制止する夢子さんをぐーっと押し退ける

だが夢子さんは制止し返し
「だったら何で親の私の言う事が聞けないんだ?あっ?!」


私は薨の登場、急に様相が変わってとうとう睨み合う2人と頭の中のメモリーの容量がパンクしパニックになりオロオロしてるだけ

「、、、失礼します」
真琉狐さんはそう静かに言い放ったと同時にそのまま場外乱闘さながら夢子さんを投げ飛ばしそのまま控室を出て行った

不意を突かれ転倒した夢子さんは急いで立ち上がる

「っ痛ぅ、クソッ。真奈ぁっ、真奈美ぃーーっ!!」

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