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#72 ヒロタのシュークリーム

「ねぇ!たまちゃん、ヒロタのシュークリームって知ってる?」

「ヒロタのシュークリーム?、、、ですか?」
私は小首を傾げる

「知らない?、、、そっかぁ最近あんま見ないかもねぇー」

「あ、ハイぃぃ」

「これくらいの長細い箱にこんくらいの小さめのシュークリームが4個入ってるのね」
と真琉狐さんは手でサイズを表す

「それがね、あそこの駅あんじゃん!私らがいつも使う」

「ハイッ」

「私が練習生の頃にはまだ入ってたのよ」

「ヒロタのシュークリームのお店がですか?」

「そうそう!でね、本当にたまぁになんだけど、月1回あるかどうかかなぁ。練習休みの日にカーコとヒデと3人で買いに行くの」

「ハ、ハイ」

「で、種類が何個かあって私は普通のカスタードでヒデはカスタードと生クリームのカーコはエクレアを買うのね。それでもう道場まで待ち切れなくてさ駅のベンチで交換こして食べるの」

「あ、それわかります」

「でしょ?それぞれ好きな味あるけどやっぱ他のも食べたいじゃない?だから自分の好きなのを2個キープして1個ずつ交換するの。でもぅ、あの日からずっと食べてないなぁ。駅のお店も無くなっちゃったしね、、、なぁんて思い出」

目をキラキラさせて話していたが最後は少し切なそうな表情になった

「じゃあ私、今度買って来ますよ!」

「え?」

「真琉狐さんのお話聞いてると私も食べてみたくなりました!」

「おー!それは嬉しいね!頼むよ、たまちゃん!」

「ハイ、任せてください!」

張り切る私を見て真琉狐さんはフフッと静かに笑った

そして

「でも不細工な試合だったよねぇ、、、どうだった?たまちゃんは」

「えっ?!あ、す、凄かったと思いました!」
いきなりだったので普通の感想しか出なかった

「そっか。でももう少しセコンドというかレスラー目線の感想聞きたいかな?忖度なしで」

「あ、えーと、ハイッ!正直、プロレスというモノを逸脱してしまうのではないかというのがずっと不安でした、、、でも、、逸脱ではなく超越した素晴らしい試合だったと思います!」

少し夢子さんの受け売り的なとこもあるけど嘘偽りのない正直な感想だ

「逸脱かぁ、、、確かに最初はそうなっても仕方ない覚悟で臨んだけど、、、ギリギリで踏みとどまったのかなぁ、、カーコがボディスラムを打てなかったじゃん?」

「ハイッ」

「多分、見てる人からすると真琉狐がブチギレたって思っただろうけど私的にはあの時が一番冷静だったのね」

「えっ!そうだったんですか?私もそう思ってました!!」
あまりにも予想と違う答えが返ってきて驚いた

「あの時ね、もう完全に試合が終わったと思った。何故カーコがあんな状態になったかなんてすぐに理解出来たよ。きっと私だから無理だったんだって。あの日のことを思い出してるのも今もずっと罪に苛まれてるのも一瞬で全部わかった。そうしたらさ聞こえてきたのヒデの声が!」

えっ?真琉狐さんも

「スピっぽくなっちゃうけどさ"真奈美、何とかしないと!友達でしょ!"って。今思うとちょっと笑っちゃうんだけどさ。アンタだって友達でしょ?って。どっちかというとアンタの方がそういう能力あんじゃないの?って」
真琉狐さんはクスッと笑う

「でも冷静だったけど焦ってはいたかなぁ。とにかくカーコを刺激する言葉を発しなきゃって。すると思い出したのカーコが一番嫌がる言葉を」

「それが、、逃げるのか、、、ですか?」

「そう!あ!そうだ!たまちゃんが寝てるベッドあるでしょ?」

「あ、ハイ」

「あのベッドってカーコが使ってたベッドなんだよ!で、上がヒデでもう無いけど向かい側にもう一個二段ベッドがあってそこが私だったんだよ!」

えーー!!ほんとーー?!
まぁでもそうかみんな最初は寮生活だもんね

「そのベッドの上?てか裏側?なんて言ったらいいかわかんないけどそこに"FIGHT OR FLIGHT,I HATE FLIGHT"って紙に書いて貼ってたんだよね。この間の入場曲のバンドの歌詞だか何だか言ってたかな?まぁでもどんな苦難があっても絶対逃げないぞって自分に言い聞かせる為だったんだろうね」

そっかぁそれだけの意志を持ってセカジョに入団したんだね
でもああいうことが起きてしまい、、、

「でも、、本音でもあるんだよね」

「え?」

「もちろん今は理解してるし怒ってなんかないよ。でもね、カーコが寮を出て行った時は本気でそう思ったよ。ヒデが亡くなってさ悲しくて悲しくて、、カーコは凄く優しい子だからさ自分を追い詰めて追い詰めて心が壊れないように私は一生懸命に手を差し伸べたつもりだった、、でも出て行っちゃった。何で私を1人にするのって本当に辛かった、、、今考えるとさ私のワガママ。それが正解。風の便りで環境を変える為に海外に家族で移住したって聞いた。確かお父さんが貿易かなんかの仕事してるって聞いたことがあったからさ。そうかそうなんだぁって。理解してるつもりが私も子どもだったからどこかやっぱり裏切られたって気持ちもあったりしてアイツは逃げたんだって湾曲した思いもあったんだよね」

、、、、

「でも段々と歳を重ねるにつれて私の思いってただのワガママだって気付いたのね。カーコのことを全く考えてなくて自分の一方的な気持ちだけでカーコを悪者にしてたんだって。だからいつかカーコに会ったら謝らなきゃって思ってた、、、」

、、、、

「だけどカーコは急に画面越しに私の前に現れた!しかもプロレスラーとして!」

ゴクッ

少し上の方を見つめゆったりとした口調で語っていた真琉狐さんの表情が変わる
私は思わず唾を呑み込んだ

「頭の中は何故?何で?どうして?ってクエスチョンでいっぱいになった。アンタがプロレスをやるのはセカジョでしょ?えっ!何で私に何も言ってくれないの?せめて社長には?夢子さんにも何も言ってないの?モデルとしても世界で注目?世界一の団体からオファー?帰国?HYDRANGEA?ベルト?アンタが目指してたのはセカイのベルトじゃなかったの?あんなに毎晩語り合ってたのに?どうして?何で?私が何年もかけてやっと仕舞い込んだパンドラの箱を唐突に開けられた、、、そんな気持ちになった」

、、、、

「それでも無理矢理蓋を閉めてもうあの子とは二度と交わることはない。私は私のプロレスがある!それを信じてやるしかない。そう思ってやってきた。けど今度はカーコ自ら私の前に現れた。そして夢子さんとセカイのベルトへの挑戦をブチ上げた。私をスルーした。怒りが爆発するってこういうことなんだって初めて知った。心の底から湧き上がる殺意を抑えることが出来なかった」

、、、、

「確実にマットに沈める為にはどうしたらいいのか?それが過激な練習に繋がっていくのね。ネットでの誹謗中傷もあったし毎晩のようにあの時の夢は見るしで本当に追い詰められて躁鬱が激しくなって苦しかった、、、でも絶対にブチ殺してやるという怒りの衝動だけが私を動かしていたんだ、、、」

言葉を挟む事が出来ないくらいに真琉狐さんの苦しかった胸の内を聞いてギッと唇を噛む

「でもさぁ、、、リングで対峙してカーコの心の痛みも感じれたし、きっとボディスラムを投げれなかった時に一瞬私とヒデを重ね合わせたんだろうなぁとかね。結局のところ殴り合ったら全部許せちゃった。で、今回の怒りも私の子どもじみたワガママ、後は人気者になったカーコへの嫉妬だったんだって。あの子は人一倍優しい、そして人一倍不器用だからさ、、、言っても私のがちょっとお姉さんだし大きな心で受け止めてあげようって思ったワケ!おしまい!ちゃんちゃん!アハッ」

私がいや、みんなの心をキュンとさせる真琉狐さんのキュート過ぎる笑顔が戻った

カッコいい人だなぁ
素直にそう思った
プロレスラーとしてだけじゃなく人間として


「あー!そういやたまちゃん!タオル投げようとしたでしょーう?」

ひっ、ひえぇーっ!
「す、すみませんでしたぁっ!!」
ペコリ

「たまちゃんの気持ちはわかるよ。覚悟もしたんでしょ?でももっとプロレスラーのことを信じて大丈夫だよ!それにデビュー前にレスラー人生終わっちゃうかもだったんだよ?これから雑用係でこき使おうと思ってるのにたまちゃんいなくなったら困るでしょ?ね!」
真琉狐さんはニカっと笑ってみせてくれた

「ハ、ハイッ!ありがとうございます!!」
最大限ペコリ

「よし!いい子だ!」

わしゃー

久々に頭をわしゃわしゃしてくれた
嬉しいー



ソンソン

その時薄っすらとノックのような音

思わず真琉狐さんと目を合わす

「ノックの音ですかね?私見てきますね」

そっと扉を開ける
パッと目に入ったのは真っ白なビニール袋
そこに書いてあるのは?!!!!


んのっ?!

ゆっくりと視線を上げる


「えっ!こ、薨さんっ?!」

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