#10 車中にて



「よしっ!こんなもんかな。じゃあたまえ行こっか」

「ハイッ」

何人もの人間が受け身を取り汗と涙が染み込んだマット
丁寧に丁寧に掛けた雑巾
少しは喜んでくれているだろうか


私は上着を羽織り夢子さんも帰りの準備も終わりリュックを背負おうとした時


ビリ、ビリビリビリー
と、音の割れたチャイムの音が響く

思わず夢子さんと顔を見合わす

「ん?誰だ?たま、ちょっと見てきて」

「あ、ハイ」


ガチャ
扉を開ける

「どーも!おめでとさーん!」
細身で白髪混じりの髪を後ろに束ねレザーのコートを羽織った明らかに胡散臭そうな男性が道場に入ってきた

「何?どーしたのガンタさん」

「あれ?今日じゃなかったっけ?餅つき大会」

「昨日だよーもうメールちゃんと送ったでしょ!」

「あいたー」
と自分の額をパンっと叩き

「そっかそっか勘違いしてたわー」

「毎年大晦日にやってるでしょうよ」

「そだっけ?いやー残念。もう残ってない?セカジョの餅は縁起モノだからさー」

「もうないよー余ったのはご近所に配ったし、、」

「あ、ハイッ」
私は手を上げた

二人は私を見る

「あのぅ私の分で良かったらまだ3個あるんで、、、」

「おおーそれは助かるわー!たまちゃん悪いけど1個分けてくんねえ?」

「ハイ、分かりました!じゃあ取ってきますね」
またまた階段を駆け上がる


餅をビニール袋に詰める
真琉狐さんはまだシャワーを浴びているみたいだ


ガンタさん
本当は岩田さん
元々はプロレスの専門誌の記者で女子プロ番
セカジョ、特に夢子さんとはデビュー前からの付き合いらしい
今はフリーで活動
その細やかな取材力や描写は読者・ファンは元より関係者からも定評がある
(私調べ)



「ハイ、どうぞ」
お餅を手渡す

「いやーありがたい!2個もいいの?」

「ハイ、是非是非!」


そんなやりとりを微笑ましく見ていた夢子さんが
「そういやガンタさん今日車?」

「おーそうだよ!」

「じゃあー駅まで乗せてって!」
パンっと手を合わす

「いいよいいよ、餅ももらったしな。お礼お礼


「たまー!まるは何してた?」

「あ、ハイ、まだシャワー入られてました」

「そっかぁ、あの子準備長いからなー。まあいいや置いてこ。じゃあガンタさんよろしくね!」

「OK、OK!」



助手席に夢子さん、私は後部座席に乗った
車だと駅前まで10分くらいというとこだろう

何気なく夢子さんが
「そういや昨日来なかったけど何してたの?」
と聞いた

「え、あー昨日はHYDRANGEAの両国行ってたよ」

何とも言えない空気が漂う
私は私で心の中で「やめてーー」って感じで押し黙る

だがガンタさんはそんな空気を察することもなく
「いやー見た?凄かったぞー!カー、、じゃねぇや薨!」

夢子さんは少し強張った表情で外を見たまま
「あ、そう、、、、」

だがそんな表情の夢子さんのことなどお構いなしに話すガンタさん

「何か掟破りに対する制裁試合とかV10かかった試合で意気込み過ぎたとか強さを見せつけたかったんじゃねぇかとか言ってる奴ばっかだけどよ、俺が思うにアレは誰かさんへのメッセージなんじゃねぇかなってね」

「、、、、。」

変わらず憮然とした様子で窓の外を見ている夢子さん


「ま!見てねえならわかんねーか」
ガンタさんがタバコに火をつけた



そしてすぐに駅前のロータリーに着いた

「ありがとうございましたー!」
ペコリ

憮然とした表情から気持ちを入れ替え夢子さんも
「ありがとね、助かった」


「おう!たまちゃん今年はプロテスト合格してデビューしろよ!餅ありがとな!」

ニコッと
「ハイッ!」と返事をした

「夢ちゃん、今年は夢ちゃんのプロレス、、魅せてくれよな!」

「そだね、まあ後は社長次第かな?」

「そりゃそっか!ただよ、夢ちゃん!、、、案外カラスは夢ちゃんの頭の上を飛んでるかもしれないぜ!、、、なんてな!まあとにかく今年もよろしくな!」
車は走り出した
昨日の薨に続きまた謎の言葉を残して、、、


一瞬険しい顔をしていた夢子さんだがパンッと顔を叩き

「よし!たま、美味しいモノ食べよう!っていっても正月の昼間からやってないかぁー。ファミレスでいい?」
と笑顔を向けてくれた

「ハイッ!」
私も笑顔で返した

そして肩を組んでくれて
「たまー、正月だから何でも好きなもん食えよー」

「ハイッ!いただきます!!」


ガンタさんに言葉をかけられた時に一瞬、険しく見えた夢子さんの表情
でもその横顔はどこか切なく悲し気に私の目に映った

強く、厳しくそして優しい夢子さんの何かもう一つの顔を見たような気がした


そしてそんな夢子さんに少しでも笑って欲しくて私は笑った

今の私にはそれしかできないから、、、

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