#69 崩れ落ちる前に

もうダメだあぁぁーー!!

私は思わず目を閉じてしまった

最後の瞬間を見ることが酷に感じてしまったからだ


"たまちゃん、目を開けて"


えーっ?!
こ、この声って

英実さん?!

条件反射のようにパッと目を開きリング上を見た

さっき振り上げていたジョニーさんの手はスリーカウントを叩くそのマットのほんの数センチ手前で止まっていた

そして薨を見る

上がってる
肩が上がってる!

こちらもほんの数センチだったが薨の肩が上がっていた

ジョニーさんは両手で本部席と観客に向けて

「カウント2!」
と、2本指を立てアピールした


更に湧き上がる客席
お客さんが発するいろいろな感情が熱風、波動となり後楽園ホールの会場内で蠢いているのが伝わる

しっかりと効いているはずの空調
だが額から汗を流している人たちも多い

2人の死闘が場内全ての人の想いを凌駕し熱い感情を揺さぶり続けている証拠だろう


真琉狐さんは立膝のままジョニーさんのパンツを引っ張り必死に抗議する

だがプロレスの試合ではレフェリーは絶対
裁定が覆ることは無く真琉狐さんは行き場の無い感情をマットに拳でぶつけるしかなかった

瀕死の薨もゆらりと起きあがろうとする


「25分経過、25分経過」


だけどここからいったいどうなるの?
真琉狐さんはリストクラッチ式のデスバレー
薨はユリイカという奥の手を放っている

2人とも全ての技を出し切っているはずだ


マットを殴りつけていた真琉狐さんはようやく気が済んだのかパッと頭を切り替えたのか静かに立ち上がる

薨もゆらゆらとある種霊気のようなモノを漂わせながら立ち上がった

2人はジョニーさんに指示されることもなくリング中央に歩み寄り見つめ合う

睨み合うという表現は相応しくない
喜怒哀楽の感情は2人に無く
ただ見つめ合っていた

どちらともなく相手の胸に拳を突き出す

「グワアアアァァァーーッ!!」

2人はもの凄く悲痛な叫び声を上げた
今までの私の人生で聞いたことのない声
語尾の方は音波となり空気に溶け込んでいくような、、、

そしてノーガードのまま2人は拳で殴り合う

全てのカードを切ってしまった時
最後にはこうやってある種、人間の本能で原始的な方法でしか決着はつかないのかもしれない

ジョニーさんが
「ノーパンチ!!ブレイクッ!ブレイック!!」

だが2人は制止を振り切り殴り合う
みるみる腫れ上がる顔
飛び散る血と汗

引かない
お互い一歩も引かない

見届けなきゃという想いともう見てるのが怖いという正直な感情
私は自分でも知らず知らずのうちに夢子さんの隣にくっ付くように歩み寄っていた

私は複雑な気持ちで夢子さんの顔を見る
夢子さんは殴り合う2人を見ながら私に

「、、なんだかんだあったけど、、、あの子ら仲良いねぇ」

えー?!あんなに殴り合ってるのにぃ?
私にはよくわからない

「私の方が病気になっちゃうんじゃないかって思うくらい心配してたのにさ、、ギリギリの、、ギリギリの信頼関係がちゃんと成立している。やっぱあの子らプロレスラーだよ!」

ギリギリの信頼関係

そっかそれがあるからいつ逸脱してもおかしくない喧嘩マッチをプロレスという競技として2人は成立させたんだ


「グォワアアアァァァーーッ!!」
最後の声と魂を振り絞り2人は拳を振り上げた


ボゴッゥッ!

ボクシングでいうクロスカウンターというやつか
衝撃で後退りするが2人は踏ん張り倒れない

息を呑む会場
その一瞬の静寂の中、薨は右足を半歩引く

そしてそこからの前方宙返りからの踵落とし

ビールス・カプセル!!

薨の踵が真琉狐さんの脳天に直撃した!

不意を突かれたことでまともに前受け身を取ることも出来ず真琉狐さんはマットに崩れ落ちた

もうピクリともしない真琉狐さん
立ち上がる薨

薨はそんな真琉狐さんを見下ろしながら歌うように呟く

「、、さぁ、崩せ、、崩れ落ちる前に、、、か、、、」

そして優しく抱きかかえるように真琉狐さんを立たせる

「真奈美、、もう起きてくんなよ」
そう言ってボディスラムの体勢から足を4の字にロック

もう一度ユリイカを放つつもりだ!


緊張感が会場中に蜘蛛の糸のように張り巡らせられる
会場にいる全ての人の心臓の鼓動が聞こえてくるかのようだ


「Bye-bye,STARDOM!Hello,New World!!」
薨はそう叫ぶと音も立てずにジェットコースターが最初に落下する時のようにユリイカを放つ

だが途中で半身を捻りサイドバスターの要領で真琉狐さんをマットに叩きつけた


ドッバアァァーン!!
という衝撃音

刹那マットに突き刺さった墓標

それはゆっくりと崩れゆく


崩れ落ちる墓標を見届けて薨がカバーに入った

「レフェリー!フォール!!」

ジョニーさんは薨と目を合わせ軽くうなづいてから腕を振りかぶった


「ワーン!」


「トゥー!!」


、、、、



「スリー!!!」


カンカンカンカンカン!!
試合終了のゴングがとうとう鳴った


終わった
とうとう終わったんだ


そして惜しみない拍手が2人に捧げられる


「30分丁度、30分丁度、変形ユリイカからの片エビ固めで薨選手の勝利となりますっ!!」

星野さんのアナウンスが流れこれで薨の勝利は完全に決定付けられた


虚ろな瞳のまま大の字でリングで横たわる真琉狐さん

何とか膝立ちをし肩で呼吸をしている薨

ジョニーさんは薨に近寄り耳元で呟く

薨はコクンとうなづきジョニーさんの肩を借りて立ち上がった

そして腕を上げられ勝ち名乗りを受けた

きっと薨だって真琉狐さんと同じで立っているのもやっとの状態であろう

だが薨の瞳の中に潜む情熱の炎は消えることなく燃え続けていた




全世界女子プロレス
6.9後楽園ホール大会
THE ONE MATCH
60分一本勝負

◯薨 vs 真琉狐●
(30分0秒 変形ユリイカ→片エビ固め)



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