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教誨師を必要とする世の中

おはようございます!
 
田中清玄の話で教誨師が出てきます。
 
刑務所を定期的に回り、
受刑者に過ちを悔いて
正しい道を歩むように諭す人で、
その多くは僧侶や神父だそうです。
 
田中清玄がいたころの小菅刑務所に
乙山如雲という教誨師が赴任していました。
 
彼が書き残しています。
 
小菅は重犯罪者が多いだけでなく、
治安維持法違反の確信犯、
決死隊の右翼の思想犯が50名強いて、
生半可に会うと蹴散らかされそうな面々
であったそうです。
 
乙山如雲は、左翼、右翼の思想の勉強をし、
座学だけでなく、彼らとの面会を繰り返し、
毎日が難行であったそうです。
 
その中でも、
田中清玄は闘志満々の人物で、
独房を訪れると口角泡を飛ばす議論を
吹っかけてきました。
 
しかし、終わると、
夕立の後のすがすがしさのようなもの
があったといいます。
 

 
今では、想像もできない、
イデオロギーというものが
蔓延していたようです。
 
地に足がついていない、
首から上だけのような印象を受けます。
 
しかし、
そうせざるを得ないほどの格差が
首の下の現実としてあったのでしょう。
 
その後、日本は戦争を経て、
分厚い中間層をつくり、社会を安定させ、
再び、世の中は
新自由主義の下、格差を広げ、
とげとげしさを増しています。
 
分厚い中間層を早く取り戻したい
と私は思います。
 
 
今日もよろしくお願いします。
 
安島

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