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「現時点で儲かってないことをどうフカすか」がスタートアップの資本主義 『未来を実装する――テクノロジーで社会を変革する4つの原則』馬田隆明

献本御礼。

昨日のオンラインカンファレンスで聞いた、ドワンゴ川上会長の講演内容を思い出しながら、この本を読んでいた。

スタートアップも新規事業も、現時点ではまったく利益が見込めないことをやる。そのために、「うまくいくと儲かる(今は儲かってない)」とフカす。現時点で儲かってるならそれは資本力の勝負になることが多く、スタートアップや新規事業でやるべきではない。

「フカす」前提のスタートアップと社会実装

amazonもちゃんと利益が出るまで長い長い時間がかかった。テスラやスペースXは、そこまでいかないかもしれない。スティーブ・ジョブズは一貫してハードウェアについてフカしていた。みんなiPhoneだけおぼえていてG4CubeやLisaやNextStepを忘れている。
それはイーロン・マスクやジョブズが無能という話ではなく、彼らはメチャメチャ優秀で実際に世界を変えた起業家だ。やる方も投資する方も、起業とはフカすことだとわかってプレゼンをしたり聞いたりしてるのがスタートアップである。MITメディアラボが他の大学研究機関より社会実装が上手なのは、彼らがその分フカすのがうまいからだ。

その意味で、オンラインサロン屋みたいな「捕まってない詐欺師」とスタートアップたちは、けっこう似ている部分がある。スタートアップを褒める自分にも、そういう怪しさはある。
大事なのは騙す相手で、お金のない人を騙すサロン屋は大嫌いだけど、投資家のカネならいくらでもフカしてムシって構わないと思っている。どっちもプロが商売でやってるわけだから。そして、フカすのとウソは、境界線は曖昧でも違うし。。。「本人はド本気でやってたんだけど結果はフカしだったのでカネが溶けた」というのは、ベンチャー投資という仕事の不可分な一部だ。それが嫌なら国債でも買ってればいい。
クラウドファンディングでは僕はお金を出す側だけど、ぜひ無理目の目標を盛り盛りに掲げたハードウェアをもっとみたい。最近のやつは予約販売みたいなのばかりで正直つまらない。僕はハードウェアのクラウドファンディングは小市民がお金を溶かす遊びだと思っている。それだけに、遊ぶ相手は選びたい。



↓この記事の亀山さんの言葉、「できなくて約束を守れないことと、できるのに約束を守らないことは全く違うと思う」は至言。


実質的な価値があるなら、それは資本力の勝負になる。大企業がやるべき仕事だ。

この本はその「フカし方」について書いてある。リーンスタートアップとは最小限の実装で最大限にフカすための方法。
フカして話が大きくなると、社会があとからついてくる。そうやってエジソンは街に配電網を築き、テスラは街に充電スタンドを増やしつつある。それが社会実装と呼ばれるものだ。。
バブルはいつまでもバブルのままではない(こともある)

日本はバブル崩壊後の長い不景気で、フカすことへの風当たりはますます強くなってきている。

中国語の「吹牛」は英語のビジョナリーやソーシャルインパクト

中国のスタートアップ界隈でよく「吹牛」という単語が聞かれる。吹くの意味は日本語と変わらない。話を大きくしてハッタリを言う、フカすような意味だ。実態の伴わないハッタリ屋を指す悪口として使われる事も多いが、「資金調達だ。ちょっと吹牛できる奴をつれてこい」みたいに、ポジティブなニュアンスで使われることも多い。ジャックマー・吹牛で中国の検索サイトを見るとたくさんヒットする。

本書を含めて多くの人が中国のスタートアップを誤解しているが...共産党や政府が吹牛を推奨や奨励したことはない。むしろ取り締まっている。今の中国からのユニコーン多発は、景気が良いことで社会が吹牛を受け入れていることによる。シリコンバレーとそれは近い。
起業家はどの国でもフカす...というか、いま世の中にないことをできると信じ込まないと起業なんかできない。そして、経済成長中の国だとそうした向こう見ずがいくつか当たってしまう。だから投資家もついてくる。
他人が乗れないフカしに、向こう見ずに乗るからのベンチャー投資家だ。

日本流のスタートアップの戦い方

本書では研究とくっつける、社会課題とくっつけるなどのいくつかの方法で、日本でも可能性のあるフカしかたを紹介してくれている。正直に紹介してくれていることで、よくある「スタートアップの成功確率を高めるためのxx」的な駄本とは一線を画している。

さらに、UberやAirbnbのようなアメリカ西海岸の事例だけでなく、日本のマネーフォワードの事例を取り上げ、会社が小さいうちから官公庁の勉強会に出席し、自社でも研究所を立ち上げて(彼らに向けて)情報発信を続け(お役所の人たちとちゃんと根回しをすることで)銀行法の改正につなげたという日本ならではの事例を紹介しているのは素晴らしい。日本の事例が多いのは本書の大きな特徴だと思う。
とかく硬直していると思われがちな日本の法律やシステムも、まったくガチガチではなく、変わった例はいくつもある。それらがどういう原因でどういう手順を踏んでどう変わってきたか、今の日本で受け入れられやすそうなテーマの分析も面白い。
もともとが研究プロジェクトからの派生だけあって、出典やデータ等の扱いが正しいのもありがたい。


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