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【2021年 & 2020年もっとも読まれた記事No.1】 歌謡曲レコード その9 THROUGH THE NIGHT(84)/西城秀樹 気づくのが遅かった!西城秀樹という天才ボーカリスト。

現在40歳のわたし。生まれは1979年ということで、西城秀樹(以下、ヒデキ)の全盛期をリアルタイムで見たことはなく、はっきり覚えているのは「走れ正直者」に代表される90年代に入ってから。完全なる「後追い世代」である。

TVでみかけるヒデキの歌唱は主に70年代を取り上げた「思い出番組」やら「アイドルメドレー」など若い時代の大ヒット曲を歌う姿が多かった。中年にさしかっていた80年代から90年代の20年間というのは、ヒット曲からは縁遠くなってしまったベテラン歌手のイメージが先行し、事実若い世代にメインストリームを譲る形になっていたのは否定できないだろうと思う。なので、いまいちリアタイ感がなかった。いまにすればその時代にヒデキを追いかけていなかったことを個人的に凄く残念に思う。

言い訳させて欲しいのだが、ヒデキには全然ひっかかってないわけではなく、群を抜く歌のうまさは子供ながらに感じていたし、大人になってからも70年代の彼のレコードは聞くようになって、ますます彼の歌手としての才能に惹かれていたところではある。

それでもわたしが今さら西城秀樹の凄さに気づくことになったのは、「シティポップ」のブームに代表される80年代の再熱が大きい。

その切っ掛けとなったのが「THROUGH THE NIGHT」である。84年に発売されたアルバム「GENTLE A MAN」に収録された1曲。夜ヒットで披露した歌唱シーンをYOUTUBEで見たのが切っ掛けだった。うなるベースのソロにはじまり、そのあとホーンが入ってくる痺れるイントロ。メリハリの効いた派手なバック演奏にひけを取らないヒデキの細かいビブラートが効いたファンキーな歌唱が支配する。ハスキーで軽やかだけど、濃厚でストーリーテリングな声の魅力が炸裂した名曲だと思っている。

そして何よりもカッコイイ。

作詞・作曲は角松敏生。ヒデキと角松氏との接点はここからだったのだろうか。この辺の繋がりには明るくないが、その後の「TWILIGHT MADE...」を考えれば「THROUGH THE NIGHT」では実験的な意味、かつ若い世代のクリエイターとの相性をチェックしていたと思うのが自然なのかも。そしてこの曲をヒデキが気に入って次のアルバムでも角松氏の才能を信頼して大胆に起用したという見方をすると合点がいく。

「THROUGH THE NIGHT」リリース当時の歌唱シーンをいくつかみてみると、ヒデキは本当に楽しそうに声を出している。そのせいか、こちらまで笑顔になってしまい、何度も繰り返しみてしまう。ヒデキのように笑いながら簡単にこの曲を歌えるのではと錯覚さえ起こしてしまう。実はかなり難しいんだけど。これはヒデキが心から楽しくリラックスして歌っているからに他ならず、ライブの賜物。そして何よりも歌手としての本質を持った本物の歌手だからなのであろう。

わたし自身の中でのヒデキの再評価はこの「THROUGH THE NIGHT」によって爆上がりになっただけでなく、この曲に出会わなかったら名盤「TWILIGHT MADE」に出会わなかった。少なくとももdっと後になていたと思う。メディアではどうして80年代のヒデキをもっと取り上げないのか、というのはわたしが感じる以上にファンが長年感じているところだろう。脂が乗り切った歌手・西城秀樹はヒット曲から離れ、音楽を探し始めた80年代にこそ強く覚醒し、才能が開花したように思える。それに気づかせてくれた「THROUGH THE NIGHT」はわたしの中でヒデキの永遠の1曲であると断言したい。

聴いたことない方は是非一度聴いて欲しいと心から思う。あなたの知らないヒデキに気づくかもしれないから。


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