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テレビのコンセントは抜いたままにしておこうと思います

(元)妻がいる頃も私はほとんどテレビを見ていませんでしたが、(元)妻が出て行ってしまった後は私も娘もテレビを見ないのでコンセントを抜いています。それなのに受信料払ってるという理不尽。しかも衛星料金。チューナー対応していないのに。本当に理不尽だと思います。完全民営化希望です。

それはともかく、最近は娘に見せている映像と言えば「ちいかわ」のミニアニメだけです。それもスマホでYouTube。今日は布でくるんでもらいたいモモンガでした。娘、モモンガの勝手気ままっぷりに笑ってたよ。

テレビを完全に見なくなってさすがに減りましたが、それ以前はテレビに出ているアイドルが実はどうこうだとか自分に話しかけているだとかそういうたぐいの妄想はよくありました。近所のドラッグストアの店員がアイドルの誰々だとか。そんなわけがあるかと思うのですが妄想ではそういうこともあるのです。言っても聞きません。娘の場合はクスリを飲んで妄想から覚めるみたいなことは今までありませんでした。クスリを飲んで落ち着いたとしても妄想は消えないのです。ただ、だいぶ時間が経ってから「ああ、あれは(なんか)違った」みたいなことはあります。この場合も妄想が消えたという認識ではなく、なんか勘違いしていた程度の認識です。消えないんだよなあ妄想。

そんな妄想のよくある類型のひとつに世界没落体験というものがあります。このnoteでも何度も触れています。本当によくある妄想らしいのですが、不思議なことに類型としては世界共通なのだそうです。

世界没落体験とは、部屋の外の世界が破滅しているとかなんとかかんとかといった類いの妄想です。終末世界というか破滅への憧憬というか、物語世界の設定としてもよくあるパターンだと思いますが、そういうよくできた物語的な緻密さはないです。猛烈な勢いで膨らむ不安が壁の外にみっしりと詰まっているみたいな怯えを伴います。怖すぎて眠れなくなったりしたこともありました。ひょっとすると叫んだりするのも恐怖に押し潰されそうになるからなのかもしれません。

娘の場合は表現の幅も狭いので漠然と「家の外が大変なことになっている」程度に留まりますが、表現力とか感受性とかが高いと大変なことになりそうな気がします。

この世界没落体験ですが、戦争のニュースなどを見ると刺激されそうな気がします。ライフラインが止められた建物の中で四方から砲撃や銃撃の音に囲まれ突然壁や天井が轟音とともに崩壊する状況、強靭な精神であっても耐えられないのではないかと思いますし、その場から逃れられたとしても大きな心の傷となって残るのではないかと思います。妄想との違いは現実だということです。娘の妄想は幸いなことに現実ではありません。そういう現実の中を生きることの恐怖と妄想はまったくの別物です。

とはいえ、そういうニュースを見たら何かを刺激されるのは間違いないだろうなと、そう思います。

私にとって娘の妄想は妄想でしかありませんが娘にとっては妄想は現実です。いや、現実とはちょっと違うか。娘にとっては妄想か現実かではなくある種の真実なのだと思います。なので、恐怖もひとしおです。私には到底理解しえない怖ろしい世界を娘は生きています。そう考えると娘が妄想でスパークした時に「世界の現実がわかった」ではなく「世界の真実がわかった」と言ったのはまさにということなのでしょう。娘に限らず世界の真実がわかってしまうのは本当にまずいです。病的な状態の特徴と見ていいのではないかと私は思います。

実際には戦争のニュースを見ても娘は「ほぉーん」ぐらいの反応だろうと思います。テレビの中と妄想が簡単に結びつく割にテレビが自分と同じような誰か他人の現実を映し出しているという考えには至りません。ですが、どこか深いところで「世界没落体験は本当だった!」みたいな誤った覚醒みたいなことが起こりそうで怖いです。

テレビのコンセントはこれからも抜いたままにしておこうと思います。

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