気にしぃな子が半世紀後に作った絵本
夢だったオンラインショップを今月オープンしました。
縦スクロール電子絵本の専門店。
もしかしたら世界初かも。
コマを並べてゆくマンガと違い、縦スクロール絵本は絵巻物のようにゆるやかに展開します。
ページをめくらない
文芸スタイルへの憧れ
絵巻物みたいな絵本を作ったらおもしろそう、と最初に思ったのは1980年代。都内で開催されたボストン美術館展で平治物語絵巻の実物を見た時です。
衝撃でした。無言の武者や兵卒や公家の一人一人が、その所作や表情で物語を生き生きと語っているように見えます。よどみない川のような、まさに大河ドラマ。痺れました。
それきりアイデアを寝かせていたけれど、2007年にiPhoneが発売されるとスクロール形式の作品づくりがじわじわ現実味を帯びてきます。私が絵を描きはじめたのは2013年。最初に縦スクロール絵本を作ったのが2015年。以来試行錯誤を繰り返し、友人たちの声援を受けながらようやく一冊の絵本が完成しました。
おとなも子供も
喜ばせたい
『ソウタともえさかるオレンジ』には二つの特徴があります。
1)読み聞かせ台本でもある
『ソウタともえさかるオレンジ』は読み聞かせしやすいように文字をデザインした絵本です。セリフとセリフの間(ま)や登場人物の声色の切り替えが直感的にわかります。
スマートフォン片手に子供を膝に乗せ、もう片方の手指で縦スクロール。子供と同じ画面を覗きこみながら楽な姿勢で読み聞かせられますよ。
朗読はセリフの間が命。読み方が単調になってしまうパパとママはぜひ『ソウタと〜』で練習してみてください。コツがつかめると思います。
学生時代に演劇部だった経験がまさかこんなところで役に立つとは。人生っておもしろいですね。写真はジロドゥの戯曲で屑拾い役を演じた若き日の私。
2)主人公の名前が選べる
絵本『ソウタともえさかるオレンジ』にはソウタという名前が計7回出てきます。それをすべてあなたのお子さんやお友だちの名前に差し替えますよ、というのがこの絵本のコンセプト。
ショップの商品棚には『アイともえさかるオレンジ』から『レンともえさかるオレンジ』まで現在60種類以上の名前の絵本が陳列されています。商品棚にない名前はリクエストをいただいて1週間前後で作るという流れ。
一冊一冊手作業で名前を差し替えています。一日五〜六冊が限度かな。でもね、どうしてもやりたかった。名前が選べる絵本。
それはたぶん、幼い頃こんな経験があったからです。
民話を読んでは
落ちこんでいたタカシ
その昔、私は気にしぃな子供でした。
本や人形劇やテレビアニメにタカシという登場人物がいて、そいつが弱虫だったり意地悪だったりすると心臓がきゅっと悲しくなりました。自分とは別人だよ。頭ではわかっていてもなぜか耳たぶまで熱かった。
名前だけではありません。
三匹の子豚。
シンデレラ。
ロシア民話の火の鳥。
いずれも三人きょうだいの末っ子が最後に笑うお話です。私は三兄妹の一番上。下の子が勝っても良いけれど、上の兄が怠惰で卑劣な男に描かれるのが嫌だった。どんだけ気にしぃな子供だったんでしょうね。今の私からは想像もできません。
でもね、おとなになるとみんな忘れてしまうけれど、子供の頃は小さな何かで死ぬほど傷ついて、小さな何かで元気百倍になっていましたよ。悪いタカシの絵本を地球上から焼き尽くすのは無理でしょうから、せめて一冊ぐらいは名前がタカシで良かったと思える物語を作ってあげたい。
それが『ソウタともえさかるオレンジ』の出発点でした。
あの子は喜んで
くれるかな
数日前、ショップにうれしいレビューが届きました。書いてくれたのはnoteで仲良しの猫野サラさん。
おじさんちょっと泣きそうです(笑)
サラさんありがとう!
自分と同名の主人公が出てきたら、子供は最初ドキッとするでしょう。主人公が優しい子だったらホッとして、最後に人類を救うとわかったらニヤニヤしてくれるはず。姪っ子さんが読後に発した「すごい」の一言に作者の私も救われました。絵本を作って良かった!
・ ・ ・
Q. もしもタイムマシンがあったら?
A. 半世紀前の、気にしぃなあの子に会いに行きたい。
「おい、タカシ、おまえが人類を救う絵本ができたぞ〜」
「‥‥おじさん、だれ?」
「えーと」
半世紀後に作った絵本はこちらで立ち読みできます:
ショップのスタッフ(私)が制作秘話や販売体験を語るマガジンをはじめました。私の思いつきや試行錯誤が皆さんのヒントや刺激になれば幸いです。