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「眠くなる歌声ね」と言われて赤面した話

 きょうは一人称を「僕」で書くことにします。
 いや、ただ何となくそんな気分でして。

 6月21日は夏至。
 と聞いて、スペインでとある女性に言われた一言を思い出しました。

 1989年夏。
 広告会社を辞めた29歳の僕はしばらく職探しをせず、有り金はたいて日本から飛び立ちました。スペイン北部の古都サンティアゴ・デ・コンポステラに3週間ほど滞在し、Música en Compostela という音楽プログラムに参加するためです。

 世界中から集まった音楽家や音楽家の卵、音楽教師たちがスペイン音楽を学ぶ無料の夏期講習で、街はずれの大学の施設を借り、夏休みの誰もいない寮で寝泊まりしながら授業に参加するのです。部屋は二人部屋で、僕はコスタリカから来たホセというギタリストと同室でした。

 音楽家でも音大卒でもない僕がなぜそんなプログラムに日本から参加できたかというと……めっちゃ長くなるのでその話はまた別の機会に。とにかくベルリンの壁崩壊数ヶ月前のヨーロッパは何か不思議な光に満ちているようでした。

 休み時間になると僕は、幼い頃から自己流で作りためていた楽曲のカセットテープを仲間たちに聴いてもらっては感想を訊ねました。

 好評だったのは妖精たちの子守歌。
 W・シェイクスピア『夏の夜の夢』の劇中歌です。

Fairy Queen's Lullaby
1985年12月、上智大学構内の小劇場で上演された英語劇のための小品で、元々は6つのハンドベルとフルートの生伴奏を想定していました。予算の都合で楽器を調達できず結局アカペラのコーラスになりましたが、妖精役の学生さんたちの歌声が素晴らしかったのでむしろ良かったのかも。当時オックスフォード留学からお戻りになったばかりの浩宮殿下がお忍びでご覧くださったことも良い思い出になりました。

『夏の夜の夢』といえば、ほら、漫画『ガラスの仮面』で北島マヤちゃんが妖精パックを演じ、夜の公園のステージを大盛況にしたあのお芝居ですよ。
 A Midsummer Night's Dreamの midsummer は真夏ではなく夏至の意味と言われていますが、物語の設定はどうやら4月30日の夜らしい。何だかもういろいろとはちゃめちゃな物語。妖精たちが女王を歌声で寝かしつける時だけは夜の静けさが劇場を満たします。

 僕が書いた子守歌をウォークマンで聴いてくれた一人、イタリア人ハープ奏者のサラさんから言われた言葉が忘れられません。

「眠くなる歌声ね」

 えっ。

 ど、どういう意味。
 とまどっていると彼女はこう続けました。

「この声聴きながら眠りにつきたい、あんたはそういう声質よ」

 そんなこと言われたの初めてでしたから、ちょっとドキドキしました。
 眠くなる波長の音ってこと?

 他の音楽家からは不思議な曲調だねとも言われました。

 眠くなる歌声なのか。
 不思議な曲調なのか。
 よかったら聴いてみてください。

 じつはこの子守歌、日本人なら誰でも知っているある歌を意識しながら作ったんですよ。

 東洋っぽい旋律から始まって、やがて西洋の和声で華やかに展開するスタイル。人間界と妖精界がニアミスする物語を表現するのにぴったりと思ったのでした。


 この歌です。

 ほら、雰囲気ちょっと似てないですか?

 僕の歌声を聴いて眠くなる人が本当にたくさんいるようなら、不眠症の人向けアルバムでも作ってみようかな。


表紙の写真はサンティアゴ・デ・コンポステラの街並みです。静かでめっちゃきれいな街でした。また行きたい! 写真はこちらから拝借しました。