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世界の真実を話そう・娘が泣いたクリスマス

クリスマスを2日後に控えた12月23日、小学6年生の娘はサンタクロースへのプレゼントのリクエストを未だ決めきれずにいた。

スマホとiPadは既に持っている。
お絵かきのためのiPadペンシルは昨年のクリスマスにサンタさんから既に貰っていた。興味のわいたアプリをスマホにダウンロードして、次から次へと遊んでは触らなくなっていくサイクルが出来上がっており、個別のニンテンドースイッチのソフトに興味を持つこともなかった。

デジカメも、お絵かきグッズも、ゲームも、全てスマホとiPadで完結する時代だ。所有欲が満たされている娘は、無理やり欲しいものを頭から捻りだそうとしているようだった。

娘の名前はゆき(仮名)。
ダンスが好きで、定期的にインスタグラムで得意のダンスを発信している。
5歳年上のお兄ちゃんが大好きな普通の女の子だ。

12月23日時点でも決まらないプレゼント候補。
それが今すぐに決まったとて、それをクリスマス当日の朝にゆきのもとへ届ける事は、最早ミッションインポッシブルと言わざるを得ない。

「もう、本当の事言っちゃう?」
妻が諦観した声を漏らした。
ググればいろんな情報が手に入る時代だ。
小学校の友達の中には、「サンタは親なんだよー」とうそぶく子供もいるだろう。
間違った情報を信じてしまうくらいならば、まだサンタに対して半信半疑の今のうちに娘に真実を伝えるのはありなのかも知れない。

私は妻と相談し、ゆきに世界の秘密をひとつ打ち明ける事にした。


さて、こういった役回りは私である。
『クリスマスイブにサンタさんは子供の枕元に(あるいはクリスマスツリーの下に)やって来て、子供が準備した手紙を読んだ後にそっとプレゼントを置いていく。サンタさんの重労働をねぎらうためにミルクとクッキーを準備しておけば、ミルクは半分ほど口にして、クッキーはひとかじり。
そてままた、トナカイの引くそりに乗って夜の街へ去っていく。』

11年間信じて来たこのストーリーは真実では無いと、純真無垢な娘に伝えなければいけない。

ゆきはどんな風に受け止めるだろうか。
「もう知ってたよ。」
とあっさりしたものだろうか。そうであれば楽なものだ。
そうであると信じていた世界の仕組みが一つ否定されてしまう。
夢を壊すようで気は進まないが、やはり「サンタさんはいない」という幻想に取りつかれるよりはマシだ。
私は意を決して娘に切り出した。

「ゆき。すごく大事な話がある。今から、世界にたくさんある大きな秘密を一つ、ゆきに教えるね。」

何かを悟ったように、ゆきはいたずらな笑顔を返してきた。
真実を知る準備はできているのだろうか。

「ゆきは、サンタさんはいると思う?」

「えーーー………」
目線をそらしながら、どう答えるのが正解なのか考えている。
やはり、純粋にサンタさんを信じているという風には見えない。
それもそうだろう。もう6年生なのだ。常識は備わっている。
他人は勝手に鍵を開けて人の家の中に入ってはこれないし、空飛ぶトナカイもいない。一人の老人が世界中の子供達の家を周りながらプレゼントを配るなど不可能であると常識は教えている。

「半分は信じてる。だけど、本当はいないんでしょ?友達も、サンタさんは親だって言ってたよ。」
常識や周りの友達はサンタさんの存在を否定するけど、そんな現実こそが嘘で、本当はサンタさんはいる事を信じさせて欲しい。
言葉とは裏腹に、ゆきの目は寂しげにそう訴えているように見えた。

やはりタイミングとしてはよかった。安堵する。
娘の中では迷っていたのだ。
サンタさんはいない。プレゼントを用意しているのは親だ。
じゃあ今まで書いた手紙はどこに行ったの?サンタさんがくれた返事は誰が書いたの?やっぱりサンタさんはいるんじゃないの?

そう。
娘は真実を知る準備ができていた。

「そうか。良かった。やっぱりゆきは、サンタさんは親だって疑ってたんだね。大丈夫。サンタさんはいるんだよ。」

ゆきは訝しげな表情を見せる。
そんな訳ないでしょ、パパとママがサンタさんでしょと言いたげだ。

今こそ、娘に世界の真実を語らねばならない。
サンタを否定せず、かつサンタさんがプレゼントを世界中の子供達に配るための現実的なソリューションとして認知されているこの世のシステム。
『サンタクロースエージェントシステム』の存在を。




「サンタさんはいるんだけど、世界中のプレゼントを子供達に配っているのはサンタさんのエージェントであるパパとママなんだ。この世には何億人もプレゼントを待っている子供がいるでしょ?それをサンタさんが一人で配るのは難しい。だから、パパとママのところにはサンタさんが社長を務めるサンタクロースエージェントシステム会社から依頼が来るんだ。子供がいい子にしているかチェックして、その子が欲しいものを調査して、その子が寝てる間に、サンタの代わりにプレゼントを置くんだよ。」

ゆきには少し難しかったのだろうか。
「という事は、つまりサンタさんはいなくて、パパとママなんでしょ?」

もう少し簡単な言葉で説明を試みる。
「プレゼントを置くのはパパとママだよ。でも、サンタさんはいる。サンタさんからパパとママの所にお願いが来るの。予算も貰ってるんだよ。」

「予算ってなぁに?つまりサンタさんはいるの?」

「そうだよ。パパとママのところにエージェントシステムから連絡が来て、ちゃんとお金を貰って、クリスマスをワクワクして過ごすためにパパとママがサンタさんに協力するんだ。」

思いがけず、ゆきの目が充血し始める。
想像していなかった展開に私は動揺を覚えた。
「じゃあ今までサンタさんに書いていた手紙はどこにいったの?サンタさんから来た返事は誰が書いていたの?」

「それは、、、」
想定していなかった問答に言葉が詰まる。
ゆきは震える声で続けた。
「せっかく準備したミルクとクッキーはパパが食べてたって事?」
そして言葉に感情が滲みだした。
サンタさんの存在に臨場感を出していた施策は裏目を見せ始めたのだ。

「ゆきが書いた手紙はパパとママがちゃんとサンタさんに届けてる。ミルクとクッキーを食べていたのはパパなんだよ。小さな子供には、エージェントシステムを説明してもきっと分かってもらえないでしょ?だから、小さい子供にはサンタさんがお家まで来てるって思ってもらう方が良いんだ。」

サンタさんが毎年家に来ていた事を信じていた娘に対し、それにリアリティを出していた工作活動が急に後ろめたいものに変わっていく。
居心地が悪い。
それでも、サンタクロースを否定する訳にはいかない。

ゆきの目に大粒の涙が浮かびあがり、目は充血して真っ赤だ。
「そんな事知りたくなかったよ。クリスマスの朝に、サンタさんが来たかなって、プレゼントを確認したりするのが楽しみだったのに。もう楽しめないじゃん。」

言葉を失った。
娘が欲しかったのは『サンタは親かどうか』等という些末な問いへの回答では無かった。
クリスマスイブの寝る前のワクワクであり、枕元に置いてあるプレゼントを見つけるドキドキだったのか。
この世の真実を伝える事は重要では無く、
『どうやらプレゼントは親が準備しているぞ』というのを匂わせるくらいで良かったのだと今では思う。お互い、もう分かっている。でも、そういう事にしておこう。パパとママはサンタさんを振る舞うし、私はサンタさんを信じる風に振る舞うね。そんなふわっとした関係で良かったのだ。

「じゃあ手紙を書いたら、サンタさんに届くんだよね。読んでもらえるんだよね。」
ゆきが涙ながらに念を押してくる。
そうだよ、ちゃんとパパが届けるよと精一杯答える。それから、ゆきは子供らしいお願いをしてきた。
「パパとママがサンタさんの代わりにプレゼントを置いてくれるのは分かった。これからもちゃんと、朝起きたら枕のとこにプレゼントを置いててね!」

かくして、大事なものを見誤った後味の悪い23日の夜は更けていく。
ゆきは私の想定よりもずっと大人で、ずっと純粋だったのである。


24日。ゆきが寝静まった夜。

本命のプレゼントは案の定配送が間に合わなかった。
24日のうちに急遽ゆきと一緒に準備した『25日の朝に枕元に置く用のプレゼント』を、眠るゆきの枕元に置いた。

翌朝、ゆきは枕元のプレゼントを抱えながら、朝から書いたという手紙を私に手渡して来た。
「ちゃんとお手紙は届くんでしょ?これをサンタさんに送ってね!」
カラフルなペンで書かれたサンタさんへの手紙だ。

ちょっとだけややこしい世界の仕組みを上手く伝える事ができず、ゆきの涙を見た後は、いっその事サンタさんはいないと誤解したままでも良かったのかなと思っていた。
しかし、ゆきの純粋な手紙は、やはりクリスマスの夢を守りたいという私の願いをもう一度強固なモノにしてくれたと思う。

私はゆきの成長を噛みしめながら、ゆっくりと手紙を読んだ。
英語までしっかりした文章になってる。凄く時間をかけたはずだ。


サンタさんへ
プレゼントを届けてくれてありがとうございます!ママとパパから世界の仕組みを知りました。サンタさんが皆にちょくせつ置いてないのはショックだったけど、手紙は届くと分かったので気持ちを伝えました!私は、今塾をがんばっています!あとダンスです!
そして絵もがんばっています!

これからもサンタさんの仕事がんばってください!!

Thank you for delivering presents to Santa! I heard about the secrets of the world from Mom and Dad!
I was……shocked when I found out that Santa didn’t leave presents on everyone’s pillows, but I knew the letters would arrive, so I told them how I felt!
I am doing my best at cram school now!! I’m also working hard on the dance♪
And I’m doing my best to draw as I like!
I draw pictures in the gerre of mecha girls!
If Santa has a mobile phone, please check it out with …..Mecha Girls!
Keep up the good work Santa!!
I’ve never seen it before but I love Santa who sends presents to many people!! I wrote it in English and Japanese!!



「パパが教えてくれたサンタさんのシステム本当なんだね!この人も同じこと言ってる!」

その日、YouTubeを見ながらゆきが口にした。
全く存じ上げない配信者だったが、ゆきが見た動画の配信者が、世界の真実を彼の言葉でも伝えてくれたようだ。全くの偶然だったが、他の大人も同じことを伝える事でより信頼してくれたようで嬉しくなった。
まだまだ世の中も捨てたものではないらしい。





如何だろうか。私の娘への説明を「詭弁を弄するな」とばかりあなたは責めるだろうか。嘘に嘘を重ねるとは罪深いと見る向きがある事も想像に難くない。

しかし、と思うのである。

サンタクロースは現実にはいない、というが、私にはそれを証明する事はできない。両親の暮らす故郷に帰れば、仏壇に線香を上げて祖父母に帰省を報告するし、お墓参りの機会には、そこにご先祖様がいるんだよと娘に説明もしよう。それは嘘だと誰が言えるだろうか。

サンタクロースなんて居ないと思い込む親がいる事は仕方が無い。
それでも、クリスマスというイベントの存在を全人類が信じ、まだ常識を知らない子供達を喜ばせるために世界中の親たちがサンタクロースを演じる。
なるほど、サンタクロース本人があなたの家にはやってこないとは事実であろう。そこに疑問を差しはさむ余地は無い。
しかし、サンタクロースがいるかいないかは解釈の問題だと思わずにはいられないのだ。

サンタクロースのいない世の中、世間との辻褄を会わせるように両親がプレゼントを準備しているのか。
サンタクロースエージェントサービス会社からお願いされて、両親がオフィシャルエージェントとしてサンタクロースを代行しプレゼントを準備しているのか。

ゆきはまだ6年生。常識を身に着けだしたとはいえ、まだ子供なのだ。
分かっている。
彼女の世界はいずれ大人びて、彼女なりの解釈をする時が来る。


願わくば、私が私なりの解釈を君に伝えた意図を汲んで欲しい。
そして同じように、無条件の愛を伝える慈しみのサイクルを、君の子供達へ繋げていって欲しい。


2023年の新春に、世界の平和と子供達の笑顔あるれる未来を願いながら。
                                                                                                 まっちゃん














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