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読書レビュー: 『スタンフォードの権力のレッスン』

邦題がいかにも意識高い系だが、実のところ割とよい本だった。

権力というと霞が関や、丸の内の大企業の社長室に潜むものだと思われるかもしれない。国家権力の三権分立を思い出す人もいるだろう。しかし本書は、権力が、実のところ人間関係があるところいかなるところにも発生し、それを強め、あるいは破壊することを具体例に基づき詳細に説明する。

特にスタートアップのCEOや、役員、執行役員は、こういった事項について教育を受ける機会がないまま、権力を持つ立場に置かれることが多いので本書を読むことは有益だと思う。

心理的安全性と権力

本書は直接心理的安全性について述べたものではないが、私が本書を読みながら思い出したのは心理的安全性を巡る議論だった。

心理的安全性を掲げたチームが「罵詈雑言にまみれる」あるいは逆に「緩くなる」といった問題は、様々な現場で聞く。その原因の一つにマネジャーが適切な権力の使い方を弁えていないことがあるのではないか。

心理的安全性を維持し、強化するうえで、権力がどのように使われるか、そして使われないか、は重要である。心理的安全性の定義は「対人リスクがある行動を取っても罰されないという確信」である。「罰すること」は権力の発動に他ならない。

著者は社会心理学の研究者であり、本書はその立場から人と人とのコミュニケーションにおける権力作用を論じている。「1on1をどこで行うか」「週末の趣味の旅行に誰を誘うか」といったことから「製品の仕様を決定する会議に招待するか」といったことまで、多くの場面で権力は発動している。

CEOや役員は、これらの権力の発動に対して気を配る必要がある。たとえばあなたに5人の部下がいたとしてほしい。週末にの部下5人のうち、4人とゴルフに行き、1人は誘わなかったら、その1人は自分は「外された」と感じる。あなたは「たまたま誘う機会がなかっただけだ」と反論するかもしれない。実際にそうなのかもしれない。しかしそう思われるだろう、と意識して行動するべきだ、ということである。その上で著者は、権力は役割であり、正しく使うことが重要であることを指摘する。

本書は権力の行使の様々な技術を紹介している。それぞれが非常に役立つものなので、下記に一部を紹介する。

権力を持つ相手に対して、どう振舞うべきか

たとえCxOや役員であっても、CEOに対して意見を述べるには勇気が必要な場合がある。創業者CEOでも名門ベンチャーキャピタルから事業アイデアを否定された時には目の前が暗くなることもある。
「CHAPTER 8 権力に『対抗』する」ではこのような場合に、どのようにして勇気を得るか、を具体例とともに紹介している。

自分が場で権力を行使しうる時に、どう振舞うべきか

本書の大部分は、この論点に割かれている。下記のいずれかに思い当たる節があったらまずは当該箇所を読んでほしい。何か発見があるはずだ。

・ある部下からの正当ではない要求に頭を抱えている場合(CHAPTER 3)
・自分よりも実績と能力がある部下を持ってしまった場合(CHAPTER 4)
・部下に好かれようと努力していて、うまくいかない場合(CHAPTER 6)
・他人の責任領域でもどうしても自分が目立たないと気が済まない同僚がいる場合 (「スーパーヒーローコンプレックス」と呼ばれる; CHAPTER 5)


自分が「権力を持っているか」に確信を持てないときにどうするべきか

逆に、CEOや役員が、自分が本当に組織で役に立てるのか、不安な時に権力を濫用してしまう、というケースがある。そういった場合にはとりあえず「CHAPTER 6 権力の『プッシャー』に勝つ」だけでも読んでほしい。特に本当はマネジャーをやりたくないのに、マネジャーをやる羽目になってしまった、と感じている人や、そういう部下を抱えている人は本章から学ぶことが多いと思う。

現代版の「宮廷作法指南書」

本書は社会心理学の成果を盛り込んではいるものの、学術書というよりは、ビジネスパーソン向けのハウツー本である。多くの人がキャリア上必ず通る「あるある」問題に明確なフレーミングを与えてくれる。その意味で本書は、ヴェルサイユ宮殿でフランス貴族が読んでいた宮廷作法指南書の現代版に近いかもしれない。手元に置き、問題が起きた時に読み返すという使い方がふさわしい。宮廷作法というと、嫌がる人も多いだろう。私もあまり好きではない。しかし会社は人数が増えると望まなくてもヴェルサイユのように(部分的には)なってしまう。なってしまうのだから、そういうことが嫌いであっても本書は読んでおいた方がよい。

もっとも本書を読むタイミングは、役員であれば従業員数が50名から100名を超えつつある段階でよいと思う。10人以下のチームでは、権力を意識しなくてもうまくいくケースが多い。むしろ、意識しない方がうまくいくかもしれない。

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