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鍛冶屋の仕事 Vol.1|鍛冶屋(見習い)はじめました

 ワークショップの扉を開くと、ベルトハンマーを打つ大きな音が脳天を貫いた。お花ばさみ職人の宮之原氏——今ではぼくの先輩——が、総火造りのはさみを鍛える真っ最中だったのだ。

 ワークショップのスペースには、ベルトハンマー他、グラインダーや金床、炉、それにあらゆる工具や鋼材がところ狭しと並べられている。それらを駆使しつつ、赤められた鉄と鋼が、みるみるうちにはさみの姿へと成形されてゆくのだった。

 「お花ばさみを総火造りできる職人は、日本にもう5人もいないんじゃないかな」

 後日、宮之原氏はそう語る。


写真右の黒い機械がベルトハンマー。ぼくの身長(178cm)を優に超えるサイズで、これを巧みに操作して鋼を打つ。

最古の刃物産地|兵庫県小野市

 2022年の秋、ぼくは故郷へのUターンを検討するにあたり、兵庫県小野市へ通っていた。その中で見つけたのが、播州刃物の後継者育成事業だ。

 小野市は兵庫県の中南部に位置し、そろばんと刃物の産地として知られている。16世紀初頭には播磨(現在の兵庫県・播州地域)における鍛冶屋産業がすでに始まっていたとされ、握りばさみや裁ちばさみ、包丁、鎌などの家庭刃物製造が農閑期の副業として広がり、優れた生産技術と、恵まれた労働力により発展してきた。

 しかし近年、鍛冶職人による手打ち刃物は量産品に押され、またはさみ類を多く扱う縫製工場の海外移転が進むなどし、産業規模は大幅に縮小してしまった。職人の高齢化が進み、後継者もいない——。

 「職人も本当は弟子を育てたい。しかし自分の歳を考えると、弟子が一人前になるまで面倒を見れるか分からないんです。それに、住み込みで丁稚奉公から始めるなんて、時代にそぐわないでしょう?」

鍛冶屋の後継者育成事業を手掛けるシーラカンス食堂

 ワークショップの2階、デザイン事務所「シーラカンス食堂」でそう語るのは、代表の小林新也氏だ。

 彼は小野市の刃物産業がかかえる問題を解決すべく、2013年に小野金物卸商業組合から依頼を受け、ブランド「播州刃物」を立ち上げた。その後、2018年に鍛冶職人の後継者育成を目指したワークショップを、シーラカンス食堂の1階スペース、もともとご実家の中庭だった場所に、ほとんどDIYで建設したのだ。

 「決して高い給料(正確には委託料)は払えませんが、それでも仕事を覚えるにつれ、ベースアップできます」

 そうしてぼくはワークショップに通う、小林氏から委託を受けるフリーランスの鍛冶職人(見習い)になったというわけだ。

 ——と説明しても、今まで誰ひとりとしてピンとくる人はいなかった。

 たいてい「へぇ」とか「そんなのもあるんだね」と相づちを打ちながら、「それって会社員とは違うわけ?」などと尋ねつつ、内心は「大丈夫なの、それ」と思っているのである。

ナイフ生産の委託料をもらいながら、刃物作りを習得する

 仕組みはこうだ。

 ワークショップに通うぼくも他の職人も、みなフリーランスである。だから就業時間や休日に決まりはない。

 そのかわり、だいたい月の半分はシーラカンス食堂で扱う商品「富士山ナイフ」の生産に従事する。この委託料をぼくたち職人が受け取るのである。

 他にも刃物研ぎや特別な刃物制作の依頼を受けるなどすると委託料に加算され、先輩職人はすでに個別のお客様をかかえている。

 富士山ナイフの生産以外の時間は、鍛造技術の習得に励む。

 「自分の技を伝えたいけど弟子はとれない。だからワークショップを作ったんです。鍛造で分からないことがあれば、近所の職人が喜んで教えてくれるでしょう」

 正直に言えば、ぼくは鍛冶職人を目指してワークショップを訪ねたわけではなかった。小野市へのUターンを検討する中で、もうひとつの収入の柱が欲しかったのだ。

 ならばハローワークや転職サイトから求人に応募してもいいわけで、副業フリーランスを続けるという選択肢もあるのだが。

 それでも、ワークショップを初めて訪れた日の帰り道、車窓からのどかな風景をぼんやりと眺めながら、黙々と鋼を鍛える職人の姿が脳裏で何度も再生された。ぼくはこれまで、靴作りや趣味のアウトドアで少なくない数の刃物を扱い、自分で研いできた。刃物の知識が全くないわけでもないし、手先は器用だ。何より、とっても面白そうじゃないか。

 かくして、鍛冶職人をやりながら靴用品の開発に携わり、時々WEBライターというちょっと変わったキャリアが形成されたのである。

 現在は富士山ナイフを生産しながら、鍛造の練習としてスポーツナイフを作ってみている。実際に野山で使いながらテストを繰り返し、よく切れて丈夫で、それでいて安価で惜しげもなく使えるナイフを作りたい。

 ところで、初めて自分で作った刃物を研いでいる最中に、うっかり指を切ってしまった。

 怪我をしてうれしかったのは、これが初めてのことである。

ぼくが打ったナイフ。北欧の伝統的なナイフ「プーッコ」を参考にした。ここから木製のハンドルを取り付けて完成だ。
これは工具のバールを材料に打ったナイフ。軟らかい鋼材のわりにはよく切れ、なかなか気に入っている。

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