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ハイキングや散歩に図鑑のすすめ

 ある年の春、大阪府の五月山を歩いていて、ツツジに似た大きな花を見つけた。

 4〜5月はたしかにツツジの見頃だが、それにしては花も木も大きいようだ。それに、花をつける枝の先にはぼくのコブシ大もあるつぼみをつけているのである。

 この花はなんだろう。

 そんな素朴な疑問を感じたぼくは、大きな花とつぼみを脳裏に焼き付け、フィールドノートにメモを取る。一緒にいた妻はカメラで撮影した。

 昼食をとりながら、バックパックに持参していた図鑑を取り出す。

『葉で見分ける樹木』

 図鑑をくると、見つけた花はシャクナゲであった。

「ツツジ科ツツジ属の低木」とある。どうりでツツジに似た花を咲かせるわけだ。

 納得したぼくと妻は、五月台から広がる池田市や六甲山の眺めを楽しみながら、お弁当を美味しくほおばった。

 ハイキングや散歩にポケットサイズのフィールド図鑑があると楽しい。たとえ都市部であっても、通りの街路樹や河川敷、ちょっとした公園などには小さな自然がある。

 この木はなんだろう。

 あんな小鳥は見たことがない。

 少しばかり日常のことを忘れ——スマホは置いてくるか叩き壊すかしておこう——ゆっくり歩きながら心身をリラックスさせれば、今まで見えなかったものが見えてくるものだ。疑問が浮かんだとき、手持ちの図鑑をさっとくると、その名前や生態が分かる。そのとき、水面に落ちた一滴の水から波紋がぱぁっと広がるように、ぼくの世界も広がってゆく。

 すると目に留まる全ての自然が観察の対象となり得るのである。

 桜が散った頃に咲く、街路樹の、薄紅色の花を咲かせる木はなんだろう。登山道の、東屋の脇の立派な木はなんだろう。あの鮮やかなチョウは? 興味はつきない。

 世界が広がると、自宅のプランターに咲く菜の花のことも気になりだした。ルーペと、近距離にピントが合う双眼鏡を駆使して観察してみる。

「そういえば昔、理科の授業で菜の花の構造を勉強したような」

 ぼくがまだ中学生だった20年以上前のことを思い出し、『中学理科の教科書・生物・地球・宇宙編』を買ってみた。別に社会人の学び直しというほどの大げさなものではないけれど、ページをパラパラとめくってみると、おしべやめしべに始まり、胚珠、葉緑体、気孔、維管束と、被子植物の基礎を説明するなつかしい用語が並んでいるではないか。

 とはいえ、ぼくは学者や研究者でもなければ教員でもない。図鑑や教科書を通して菜の花のことを知ったって、1円にもならない。

 ただ、面白い。それだけだ。

 ぼくの学生時代は、まだ勉強の中心は”暗記”だったと記憶している。その暗記は何のために? 受験戦争に勝つためだ。が、今となっては、暗記力はデジタル機器に勝てないことはご存じのとおり。

 これがもし、学ぶのは受験のためではなく

「人生を豊かにするための、教養を身につけるためだよ」

 と教えてくれる大人がいたら、もっと学業に励んでいたのかもしれない。

 それはさておき、図鑑をいつも手元に置き、分からないことが分かるようになるのは快感であることは間違いない。それに加えてルーペや双眼鏡でも持とうものなら、いろんな物を観察したい衝動に駆られてなかなか歩が進まない。

 そんなわけで、ぼくの山歩きや散歩には、ポケットサイズのフィールド図鑑が手放せないのである。

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