シンパンイン
「はい、お疲れさまでした、あなたの人生はいかがでしたか?」
「あまり楽しくなかったな、思うように楽しめなかった。」
ここは雲の上。
原島圭太という人生を終えた俺は、何やら気の抜けた性別不明の若い奴の目の前にいた。…羽が生えてるな、これって天使ってやつじゃないの。
「では、あなたの奥様について、お聞きしますね。」
「なんかいつも俺のそばでうろちょろしてたな。」
嫁の香は…若いころはまあかわいかったんだけど、年を取るにつれてめんどくさい奴になっていった。
俺の帰りが遅いと怒るし、小遣いを好きに使わせないし、たいしたことのない出来事を大げさにするし。
「なるほど…奥様は、あなたのそばに、いつもいましたか?あなたに、寄り添っていましたか?」
そうだな、いやというほど…いたな。
調子のいい時も、どん底の時も、結局あいつは俺のそばから離れなかった。…あいつが勝手に病気になって死んじまうまで。
「バイクで事故ったときは24時間世話してもらったけど気が利かなくてタバコが吸えなくてさ。新しいバイク買うのに貯金使ったら専業やめて働きに出たから家にいろって辞めさせたんだ。夜中に帰った時に叩き起こして仕事の愚痴聞かせるとめっちゃ不機嫌そうな顔するんだよ。疲れて仕事帰りに病院行くと寝てやがるから見舞いに行かなくなって…あんま会ってないな。」
「なるほど…分かりました。」
いつの間にか、椅子に座っている?机が目の前に、ある。
なんだこの空間は。雲の上にいたはずなのに。…死後の世界ってのはずいぶん突拍子もないな。物質がない空間だから、こんなもんなのかね。
「では、面談に移ります。」
「面談?」
ふわりと…目の前に嫁が現れた。
「うわ!!なんだ…若っ!!」
これは…結婚したばかりの頃の嫁か?ずいぶん若いな。後年、小言ばかり言って鬼婆みたいな顔をしていた嫁だが…昔はこんなにもかわいらしかったのか。
「あなたは、この人に寄り添ってもらえましたか?」
俺はいつもこいつのいる家に帰っていたし、入院中だって最低限時間を見つけて面会に行ったし。嫁もニコニコしている。俺の功績に満足しているに違いない。
「いいえ、私はいつもさみしい思いをしていました。」
「はあ?!何言ってんだお前!!!」
にっこり笑う、嫁。
「悩んでいる時、自分で答えを出せとアドバイスをくれました。
悲しい時、悲しいのはお前だけじゃないと突き放されました。
困ったとき、お前の良いようにしろと放り出されました。
一緒に貯めたお金は、いつの間にか無くなっていました。
毎日寝る時間にだけ家に帰ってきました。
入院しても、時間を作ることをしませんでした。」
「なるほど…分かりました。」
こんなのただの思い込みじゃないか!!
俺は俺のできる範囲で、こいつに寄り添っていたんだ!!
「そんなこと言いだしたら、こいつは俺が…」
「あなたにはもうお伺いしたので、発言しないでください。」
「いいや、言わせてもらう!!こいつは俺に寄り添うというか…執着しやがった、それで俺は迷惑してだな!!そのせいで俺は自由に…もがっ、モガがっ?!」
俺の口にマスクが飛んできた。なんだこれは!!!一言も声が出せない!!
「では、今から…審判員制度についてご説明させていただきますね。」
俺の頭の中?に…情報が、流れ込んでくる!!
…。
審判員制度。
未熟な魂は、生まれる時に命題を渡される。
人としての心を学び、気持ちを知り、できる事をするようにと、渡される。
渡される命題は、魂のレベルによって違い、簡単なものから難しいものまであり、これをすべてクリアすることで自由に生まれることができるようになる。
同じ命題を持つ者同士、互いにきちんと命題をこなせたか、こなそうとしたか、こなせなかったのかチェックをするシステム、それが審判員制度。人生を共に歩み、身近な場所でチェックをするために…パートナーとなる運命を持って生まれるのだ。
人生を終えてこの場にきたとき、互いの行動を報告し、命題がこなせたのか最終判断をする材料の一つとなる。
俺と嫁の命題は、「人に寄り添うこと」だった。ともに人生を歩む誰かに寄り添い、互いに助け合い、いたわり合い、愛というものを知る、…終盤の命題。
「香さんは、命題クリアですね。次のレベルに進んでください。」
「はい。」
嫁はにこにこしている。
「圭太さんはやり直しです、また同じ命題を持って生まれてください。」
「はあ?!俺はこいつに寄り添った!!こいつは先に死んだから、この制度の事を知って俺を貶めようとしているに過ぎない!!」
いつの間にか消えていたマスクは、俺の言葉を遮らなかった。よし、言いたいことを言うぞ!!
「いつも俺をはめる事ばかりするんだ、こいつは!俺が使った貯金の事を根に持ったり、出張だって言ってんのに疑ってパーティー会場に乗り込んだり!つまんねえ執着で俺の人脈阻止したり!!いつも一緒にいてやったのに肝心なところでうその証言したり!!!」
天使は顔色一つ変えず、俺の言葉を聞いている。…嫁は、ニコニコしている。
「嘘をつくことはできないんですよ、ここでは。香さんのいう事はすべて事実で、あなたは命題をこなせなかった、それだけです。先に死んだからと言って、先に審判員の情報を知るわけではありません。時間は、ここでは意味がないものです。香さんが人生を終えた時と、あなたが人生を終えた時が重ねてあります。」
「…ならば、撤回だ!!こいつは全く俺に寄り添っていなかった!」
俺はこいつが合格するようなことを言ってやったのに、こいつは俺を陥れるようなことしか言わなかった!こんなのは理不尽だ!俺の気遣いを、こいつは蔑ろにしている!!
「香さん、お迎えに来ましたよ。」
別の天使が嫁を連れていく。嫁は、ニコニコしながら、俺に向かって頭を、下げた。
「はい。…一緒に人生を歩んでくれてありがとうございました。先にこのレベル、卒業させていただきますね。いろいろと学ばせてくれてありがとう。」
「おい!!まてよ!!ふざけんな、お前きちんと証言しろよ!!」
憤る俺の目の前で…嫁は消えた。
「…あなた、パートナーについての証言を撤回するんですか?」
「するね!!あいつはとんでもねえ奴だよ!!!俺を陥れて自分は命題クリアとか…ふざけんな!!!」
あいつだけが先に行くなんて許さねえぞ、こうなったらあいつも引きずり込んで下のレベルに陥れてやる!!!
「報告の撤回を受け入れます。」
「よっしゃ!!」
あいつだけ幸せになんかしてやるもんか!
「あなたは、パートナーの報告を聞いて、自らの報告を覆しました。これは…大変に残念なことです。あなたは、命題のレベルを下げることになります。」
「はあ?!なんだよ、それ!!!」
下がるのはあいつの方だ!!むしろ俺は正当に評価してもらえなかったんだから…上に行かせてもらわないと気が済まない!!
「自分に不利益があった時に、誰かを不利益にしたいと願う…ずいぶん幼稚で、人としてのレベルが低い行動ですので。命題レベルに届かない魂の持ち主であるとしか言えないんですよ。」
「それを言うならあいつの方だ!!嫌みったらしく俺に礼まで言いやがって!!」
憤る俺の前でニコニコしやがって!!クッソ気分悪いんだよ!!
「あなた、本当に…人の幸せを願うという命題、クリアしたんですか……ああ、これはずいぶん…パートナーさんの気遣いがあった模様ですね、なるほど…。」
「あいつは俺に対する気遣いがない!!だから失格だ!!」
同じ生きる者同士、お互いに気づかいは必要じゃないか。それができないんだから、あいつは上に行くべきじゃない!
「その前の命題は…優しさを知るというもので…ああ、これもまた、ずいぶんパートナーさんの気遣いがあったようですね、ふうむ…。」
「みんなができる気遣いを、あいつはできなかったって事だろう?!早くあいつを引きずり落とせ!!」
俺の声を完全にスルーする天使。何やら書類をたくさん出して見ている。
「…あなた、よほど人間レベルが低いみたいですね。」
なんだその言い方は!!俺は今下から四番目のランクに位置してるんだぞ!!次、五番目のランクをクリアしたら、自由に生まれることができるようになる、上位ランクなんだぞ!!!
「あまりにも低すぎて…かつてのパートナーさんたちは、あなたが許せなかったみたいです。」
「…許せない?」
どういう意味だ!!俺はいつだって自分の生きたいように生きてきた、そのどこが悪いんだ!!!
「初めの人は、あなたを許しがたくて…未熟なまま上に上らせて次のパートナーたちからいつまでたっても合格点をもらえない苦痛を味わわせたい気持ちがあったみたいですね。」
「次の人は…あなたにずいぶん勉強させてもらえたので、そのお礼もかねつつ勉強してもらえるように苦難に多く出会えることを祈って上に行かせたと。」
「次の人はこんな未熟な魂がなぜここにいるのか不審に思って…歴代のパートナーさんたちの気持ちを汲んで上に上がらせたのか。なるほどねえ…。」
天使は顎に手をやり、何事か考えているようだ。
「…香さんは、ずいぶんやさしい人ですね、この連鎖を止めたんですから。」
「では、ランクの飛び級、しますか?」
さっき嫁を連れてった天使が現れた。…飛び級?!俺が落ちるのに、なんで嫁がさらに上に上がるんだ!!!
「そうだな、申請してみよう。」
「わかりました。」
俺は完全に空気になっている。なんで天使どもはこんなにも淡々と、怒る狂う俺を放置できるんだ!
「魂たちもこう…素直じゃなくなっている者が結構いますね。空気を読んだり、流れに乗ったり、結果ではない魂の背景に気付くとか、勉強させたいという押し付けだとか…本来の審判員の役目が、なされていません。」
「…審判員制度の見直しが必要だな。」
「そうですね。明らかに上に行ってはならない者が上に行ってしまうのは問題ですね。」
俺の方を見て天使三人がぶつぶつ言っている。…いつの間に一人増えたんだ!!!
「おい!!どうでもいいからさっさと俺を上のランクにあげてくれよ!!どいつもこいつも訳の分かんねえことばかり言って俺を陥れようとしやがって!!魂をもてあそぶなよ!!!」
最後に現れたやつはたぶん上司だ。口調が違う。偉い奴なら、俺のこの状況をどうにかしてくれるに違いない。俺は強い口調で不満を訴える。
「あなた、何もわかってないんだから、口を慎んだらどうなんです。」
「何もわかってないだと?!俺は早く自由に生まれたいんだ!!命題なんざなくても、俺は人としてうまく生きていけるんだ!!こんな制度が間違ってるんだ、あんたらもそういってるじゃないか!!」
命題なんかくそくらえだ!俺が本気になったらみんな俺にひれ伏すんだよ!!俺が幸せでいたらみんな幸せなんだよ!!周りはただ俺を悦ばせてたら幸せな人生になるんだよ!!
「制度は制度であって、あなたが未熟であることはすでに判明しています。あなたは制度の…被害者ではありますが、上に行くことはできません。初めからやり直しになります。」
「はあ?!ふざけんな!!やだよ!!今さら優しさを知るとかできるわけないじゃねえか!!俺はすでに優しさを知っているし…」
まだ言葉を吐いている俺を、天使ががっちりと左右から抱え込んだ。
「自由に生まれることができるようになれば…質の悪い魂は悪魔に刈られる事必至ですからね。あなたこのままだと、生まれてすぐに消滅パターンだったんですよ。」
「歴代のパートナーさんたちはあなたという魂が消滅することを望んでたんです、でも香さんは違った、ただそれだけなんですけどね、あなた気付いてないみたいですね。」
俺の目の前の、偉そうな天使が手をかざした。光が、俺に降り注がれる。
「すべてを忘れて、また一から勉強しなさい。」
「…低俗な魂にならないよう、人の優しさを知り、優しさを与えることができるよう、何度も生まれて自らを磨くように。」
眩しい光を見ていると、俺の中の怒りが…消えて行く…。
「優しさをより深く感じるよう…優しさのない環境を与えましょう。」
「唯一の優しさを大切にできるように。」
眩しい光は、容赦なく俺に襲いかかる…とても、とても目を…開けていられない。
「何度でも優しさを与えることができるよう、優しさに飢えた人と縁を結んでおきましょう。」
「きっと何一つ優しさを与えてはくれないはずさ、うっとおしいと思うようなこともないはずだよ。」
眩しすぎる光が、俺を、包み込んだ。
※こちら、奥さん側の話が前日に公開されています
審判で検索かけてたら昔読んだやつが出てきたので紹介しておきます。
こういうのを良く立ち読みしちゃうんですよ…。
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