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レンタル人生

「これ返却お願いします。」
「はい…あれ、延滞してますね。」

思いのほか白熱して、ついつい夢中になっちゃったんだよ。

「すみません、いくらですか。」
「じゃあ、魂三つで。」

しまった、結構高くついちゃったな。

「すみませんでした。」
「いえいえ。」

僕は魂を三つ差し出した。


明るい店内には、ここち良いミュージックが流れていて、何人かお客さんが物色している。

…ここは、人生レンタルショップ。このレンタル屋は、人生を貸してくれるんだ。すでに終わった人生を、持ち主から買い取って記録として残したものが、このレンタルショップに並んでいる。レンタルには魂一つが必要。

魂は、人生を最後まで生き抜いたら一つ貰える。

…もらえるっていうのは少し違うな、一つ、増える。人生を送った証として、その時の経験が魂として僕の手元に残る。何度も積極的に生まれる人はかなりの魂持ちだ。僕はレンタル代がかさんでて手元に5個しか魂が残っていない。

人生ってのは、どんな生き方をしたのかっていう記録なんだ。それは、生きた人の選択でずいぶん様変わりする。長く生きることになったり、短く生きることになったり。生きた内容が濃ければ濃いほど、自らの糧となり、魂の品質もどんどん上がる。

僕は質の良い魂を求めるがゆえに、新規開拓のまっさらな人生に手を出す前に、ここにきて学習…予習しているんだ。できる限り内容の濃い人生を送りたいじゃないか。薄っぺらい人生よりも学びの多い、生きたことに胸を張れるような、そういう人生を生き抜きたい、そう願うものは多いのさ。

そう願う人ための、レンタルシステム。レンタルすることで、誰かの生きた人生をなぞることができる。自分なら、こう選択する、こう考える、こう生きる、そういうシミュレーションをすることで、より自分が良い人生を生き抜くための指針を得たり学んだりする。そのままなぞることもできるけど、自分で人生を開拓することもできる。

ただし、所詮レンタルなので、最後まで生きたとしても魂は獲得できない。さらに、レンタルした時の誰かが生きた人生より長く生きてしまうと、延滞料金がかかってしまうのだった。なお、途中退場も可能。
人の心を理解するために借りていく天使や悪魔なんかもいるらしいけど、僕は見たことがない。

「次はどの人生を借りようかな。」

僕は棚の前で模索する。目の前には、三つの棚。いい人生コーナー、つまらない人生コーナー、悲惨な人生コーナー。

延滞した人生はさ、悲惨なコーナーから借りたやつだったんだ。
あまりにも試練が次から次へと舞い込んできてさ、正直この先どうなるんだって好奇心が湧いちゃってね。ついつい人生を謳歌してしまった結果の延滞だよ。

やっぱり悲惨な人生の方がいろいろと学ぶことが多いんだよな。どうしよう、そろそろレンタルをやめて新規魂獲得に乗り出そうかな…。

「おや、さっきのお客さん。」

延滞した人生を棚に戻しに来たお兄さんがやってきた。

「その人生はかなりハードでした。思わず延長しちゃってね。」
「じゃあ、お買い上げしてみます?」

レンタル人生は買い上げることもできるんだ。買い上げた場合支払いは不要で、最後に魂がもらえるようになるけど…記憶がなくなっちゃうんだよなあ。他人事でなぞって送る人生と違って、自分が本気で生き抜いて、最後まで足搔かなきゃいけない。

「この人生を売った人は24で人生を終えてるんですけどね、僕はレンタルで、延滞…36まで生きてしまいました。もっと行けると思うんですけどね…。」
「チャレンジしてみたらいいんじゃないですか。」

そうだなあ…やってみようか。36で手放したけど、その先はかなり楽そうだった。山場は22だ、そこを越えてしまえば何とかなるだろ、多分。

「そうですね、じゃあ、この人生、購入お願いします。」

かくして僕は、レンタルで延滞してしまった人生を買い上げることにした。僕ならば、この人生をかなり長く生き延びることができるはず。学びの多い人生だ、きっと僕に多大なる経験を与えてくれるだろう。そして僕がこの人生を終えた時、輝かんばかりの魂が手に入るはずだ。


…実際に生きてみるのは、かなりハードだった。

いつでも逃げ出すことができるレンタルと違って、実際に生きてみると心の余裕がまるでなく、どんどん追い詰められていった。救いが見えない人生で、逃げ場のない毎日がどんどん心を蝕んでいく。井の中の蛙は、大海の存在に気付くことなく、人生を終えることとなった。…レンタルの時は大海の存在を知っていたから、乗り越えることができたんだ。自分の無力さ、甘さ、無鉄砲さに心底…あきれ返って、レンタルショップにやってきた。

…あの店員がいる。

「おや、あなたは。いかがでした、人生は。」

少しだけ、愚痴…弱音を吐かせてもらおう。

「僕は20まで生き抜くことができませんでした。浅はかでした、この人生の前の持ち主を舐めてました。僕ならもっと生き抜くことができたはずだと、驕り高ぶっていました。」

これぐらいの人生なら、24で終わるなんてありえないと、完全に上から目線で、人生を馬鹿にしていた。前の人生の持ち主を完全に下に見ていた。…僕の方が下だった。

「それだけ学ぶことができたんだったら、お買い上げは大成功だったんじゃないですか。いい経験ができたと思いますよ。」
「この人生は…買い取ってもらえるんでしょうか。」

僕が傷つけてしまった、この人生。24年の人生が、19年まで短くなってしまった。

「大丈夫ですよ、あなたのような血気盛んな人は案外多いんです。買い取りますね。」

…はは。僕は血気盛んだったというのか。この人生を生きて、ずいぶん…しおらしくなってしまったけれど。

「まあ、元気出してください。この人生を、慎み深さで買い取らせていただきますから。…きっと次の人生は、穏やかに生きることができるはずです。…レンタルはいいですか?」

「しばらくレンタルはやめて…ただ、与えられた人生を生きてみようと思います。」

僕は、慎み深さを、受け取って。

新規開拓のまっさらな人生を生きるために…レンタルショップを、後にした。

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