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20××年、とある国の全国民に薬が配られた。

薬の種類は、三つ。
小さな錠剤、小児用のシロップ、座薬。

ごく普通に日常を過ごしていた人々の元にこの薬が配られたのは、夏の始まる日の事である。普通郵便、宅配便、新聞配達、様々な媒体で、この国に住む者たちすべてに配布された。

……実に用意周到に、全世帯に薬は配られたのだ。

ごく普通の配達物として、配布物として、突然届いた、薬。
薬は、説明書と共に封筒に入って届いた。
人によっては、二通、三通と届く場合も、あった。

重複しても構わない、全国民に必ず届けるのだという、国の不退転の決意があった。

説明書には、信じられないことが書いてあった。

×月×日、人類は滅亡します
これは、どうしようもない決定事項です
避けることのできない、受け入れなければならない事実なのです
国は、この事態を重く受け止め、滅亡の瞬間に苦痛を味わう事の無いよう、薬を配布する事にいたしました
今まで共に××国民として生きてきた皆さんに、最大の敬意と感謝の気持ちを込めて、送らせていただきます
滅亡時刻は、×月×日夜23:00になります
×月×日19:00に、同封されている薬をお飲みください
錠剤、シロップ、座薬、形状は異なりますが、これらはすべて強力な睡眠薬です
この薬を飲めば、12時間の間、どんなことが起きても目を覚ますことはございません
この薬はあなたが、ご家族が飲むためのものです
×月×日まで大切に保管し、必ず服用してください
なお、不注意で紛失した場合は、最寄りの小学校に余分を用意しておりますので、そちらまでお越しくださいますようお願い申し上げます

全国民が、パニックになった。

これはいったいどういう事だ。
必ず滅亡するというのか。
どういう滅亡をするというのだ。
こんなものを飲んで大丈夫なのか。
助かる方法はないのか。

政府本部に人々が押し寄せた。だが、押し寄せたところで、滅亡するのは決まっている事であり、どうすることもできない。

政府が前もって用意していた、説明の動画がテレビやパソコンサイトで流れ続けるだけであった。
政府が前もって用意していた、説明の音声がラジオで流れ続けるだけであった。

必ず滅亡します。
星が滅びます。
必ず薬をお飲みください。

滅亡するのは星である、……他の国でも暴動が起きていた。

各国の要人に世界滅亡の事実が知らされたのは、およそこの時の一年ほど前だった。突如現れた存在から聞かされた、衝撃の事実。

この星の人間は、他の星の存在に補食されます。
この星の人間を補食したのち、この星は消滅します。
あなた達は、我々の糧です。
あなた達は、糧以外の何物でもありません。
命を補食してきたあなた達は、命として補食されるのです。

どうにもならない事態を冷静に受け止め、少しでも人類が苦しまないよう、国ごとに論議が重ねられ秘密裏に薬が製造された。

滅亡のめの字も出さずに、滅亡に備えた薬を製造、配布できたのは、各国の覚悟あっての事であった。配布前に滅亡の気配を国民に悟られてはならない。滅亡という恐怖に負けて、製造する人材がいなくなってしまっては、報道する人材がいなくなってしまっては、配布する人材がいなくなってしまっては、意味がない。

薬を作る手立てのない国、情報開示をしない事を決めた国、神の救いを信じる国、あるがままを受け入れる国、滅亡の事実を知らぬ国もあった。

全国民に薬を配布したのは、八か国であった。

眠るように命を終える薬を用意した国、思考能力を破壊する薬を用意した国、睡眠薬を用意した国。

薬を配布しない国の住民は、薬を求めた。
国境を越えるものもいた。
薬を求めて、争いが起きる国もあった。

薬を求めたところで、国を渡る手段がないものがたくさんいた。

薬を配布しない国の人々は、滅亡を目の前にして仕事を放り出してしまったのである。どれほど金を積んでも、その金を得たところで一週間後には滅亡するのだ。金に意味がなくなったので、人を意のままに動かす手段がなくなってしまったのである。

国を渡るための技術を持つ者たちは、残りの人生を己のために生きたいと願い、他人の望みを叶えるために動こうとはしなかった。

己の欲を満たすために、武力行使するものが現れた。

欲に塗れた人間により、国を渡る技術を持つ者たちが何人も拘束され、命を落とした。
欲に塗れた人間に支配されたことを呪った技術者は、乗客を道連れにして海の藻屑と消えた。

人類が滅亡する前に、たくさんの命が消えていった。

星の上の国々が大混乱となっている一方、この国では状況を受け入れている人々がわりといた。

パニックになって自暴自棄になるよりも、事態を受け入れて穏やかに過ごそうと思うものが一定数いたのである。おかしな行動に走るものもボチボチいたが、大多数の国民は普段通りに生活を続けていた。

最後の最後まで、自分の生きている証を残したいと思うからなのか、仕事に行くものも少なくなかった。謎の使命感に駆られ、進んで職場に向かうものがたくさんいたのである。

連日放送される報道番組。
テレビに、動画に、くぎ付けになるものがたくさんいた。

もうすぐ滅亡するので、お金も食材も意味がなくなる、それならばと、スーパーなどは店を開放しはじめた。
飲食店などは店を開放するのみにとどまり、食材を配布しはじめた。

仕事に行かずに家で閉じこもるものもいた。
だが、閉じこもっていても出歩いていても、どうせ間もなく人類は滅亡するのだ。

悲観して命を絶とうとしたものもいた。

だが、わざわざ自分で辛い思いをしなくても、どうせ間もなく人類は滅亡するのだ。
車を暴走させて他人の命を奪ったところで、どうせ間もなく人類は滅亡するのだ。
気に入らないやつを襲ってスッキリしたところで、どうせ間もなく人類は滅亡するのだ。
車を暴走させて自らが重傷を負ったところで、命を助けるために駆けつけてくれる人はいないのだ。
気に入らないやつを襲って返り討ちにあってしまっても、その傷を治してくれる機関はもう機能していないのだ。

おかしなことをして苦しむくらいならば、何もせずに滅亡の日を迎えようと思うものが、この国にはたくさんいたのである。

「これ、スーパーでたくさんもらいすぎちゃったんだけど、いります?」
「いいんですか、ありがとう!」
「バーベキューやってるんだけど、一緒に食べない?」

人類皆兄弟、滅亡仲間、そう思ったのかどうかはわからないが、やけに国民同士がフレンドリーになった。

「明日は晴れだね、山にでも登ろうかな。」
「あっちにきれいな花が咲いてるよ、見に行こうか。」
「海見に行って遊んでこよう!」

もう最後なのだからと、地球の自然を楽しむ者がたくさんいた。

「なーなー、お前、薬飲む?」
「えー、一応飲むよ!だって△△国みたいにさ、毒薬ってわけじゃないんだろ。」
「うん、ユーチューバーがさあ、配布薬飲んでみたって動画上げてたけど、ちゃんと13時間後に目覚めてたし!」

学校は自由登校になっていたが、顔を出すものが一定数いた。
情報交換はもちろん、残り少ない時間を楽しく過ごすために、家から出たいと思う子供たちは少なくなかった。

「△△国の薬飲む実況見た?ホントスッとしんじゃってんの、うちらは睡眠薬じゃない?なんかちょーふあーん!」
「ええー、でも熱湯掛けられてもぐうぐう寝てたよ、うちのじいちゃん。そのまま目覚まさなかったけど。」
「滅亡前に殺すなよwww」

眠るように命を終える薬を用意した国では、滅亡の日を待たずして服用するものが相次いでいた。
肉体は鮮度を失うとすぐさま腐敗を開始し…周りに心理的瑕疵をもたらしていた。

時折電気が落ちるようになり、スマホが使えなくなってきたあたりで、滅亡の日を迎えることとなった。

あとは、薬を国民が飲むだけとなった。

もう、テレビもつかない。
もう、電気がつかない。
もう、飲んで目を閉じるしかない。

大多数の国民が、薬を飲んで、目を閉じた。

……だが。

人類が滅亡などするわけがないと信じる者が一定数、いた。

人類は、これまで何度も滅亡の危機を乗り越えているのだ、だから今回もきっと。
人類は、たくさんいるんだ、自分だけは助かるに違いない。

人類の滅亡という一大イベントを見逃したくないと思うものが一定数、いた。

ピンチの時は救世主が現れるはず、自分はその瞬間をこの目で見るのだ。
滅亡の瞬間を、この目に焼き付けながら私は死にたい。

×月×日、23:00。

真夜中であるはずのこの国を、明るい光が照らした。

闇は瞬く間に薄ピンク色に染まり、空には数えきれないほどの、浮遊物体が確認できた。楕円形の浮遊物体は高度を落とし、一定の間隔を開けた状態でホバリングしている。

そこから次々に何かが、落ちてきた。

空から落ちる丸い玉は、瞬く間に地上を埋めつくしてゆく。
丸い玉のような物体は、形を自由に変えながら、扉の開いた住宅、窓の閉まった住宅へと侵入していく。

外の明るさに驚いて家を飛び出した、薬を飲まなかったものが目を瞠る。
……五階建てのマンションと同じ大きさの、流線型の物体に驚いたのだ。

「う、うわああああアアア!!!」

声を上げた途端、物体から伸びた細い紐に拘束された。

丸い物体は、ガラス、壁、邪魔なものをいとも簡単に破壊してゆく。
丸い物体は、薬を飲まなかった者を拘束したまま、次々と眠る薬を飲んだものを紐で捕らえては体内に取り込んでゆく。

「ひっ、人が、人がアアアアア!」

丸い物体は、とある星からこの星を訪れた、観光客である。
生命体補食ツアーに申し込んだ、とある星の住民である。
発声する器官を持たない、いわゆる地球外の存在である。
命というものを持たない、生命体を摂取して補完する、いわゆる捕食者である。

……宇宙には、実に様々な存在がいる。

例えば、この地球という星には、人間という存在が溢れている。
人は命を一つ持っており、その命を長らえるために他の命を喰らって取り込んでいる。

この観光客の住む星には、人間とは違う存在が溢れている。
この存在は、命を持っていない。
自身に命がないので、他の生命体を体内に取り込み、自分の命としているのである。体内に取り込んだ命がなくなれば、この存在は命をなくし、やがて消滅する。命は自身の中に貯蔵しておくことができるため、枯渇する前に定期的に補充しなくてはならない。

この星は、命を持たない存在のためにある星だったのだ。
この星は、命を持たない存在のために命を与える、人という存在を養殖するための星だったのだ。

「し、死にたくないイイイイイイ!」

この星は、命を持たないもののために用意された、レストランのようなものなのだ。

純真、残忍、温厚、苛烈……様々な命のくせ・・を味わいながら、己の命として大切に使うのである。取り込まれた命は、その存在の中で命が尽きるまで内包されるのだ。命が尽きた時排泄され、この星ではない宇宙の果てに放り出されて、チリにすらならずに消えるのだ。

……自身の命を補充するべくこの星に降り立ったはずの、存在。

この国の人間は、眠っているものがほとんどであった。

眠っているものは声を上げないので、そのまま体内に取り込んでいく。
体内に取り込まれた生命体は、その命を終えるまで、体内で穏やかに生きていく。

体内は、生命体の命を長らえるための環境が整っている。
生命体が病めば、それだけ命が短くなってしまう。
心地よい夢を見ながら、穏やかに命の終焉を迎えるよう、整備されているのだ。

だが。

「ギャアアアアア化け物、ば、ばけっ!」

本来、ツアー参加者は、枯渇する命を取り込むために、この星に来ているはずなのだが。

目的を忘れてしまうような、強烈な欲望に、勝てないことが、あった。
強烈な欲望を沸き立たせるものが、この星には、あったのだ。

揺らぎ、音波、共鳴、交流、心拍、……発声。

この存在は、振動を非常に好んだ。
叫び声、激しい鼓動、鳴き声、笑い声、死に至る際の何とも言えない脳波の揺らぎ……。

命を奪う際に、この人間から発せられる振動の、実に甘美なこと!!!!!

……どうしても、欲求を、我慢できずに。
……貴重な、生命体から、振動を、得たいと。

生命体が騒げば騒ぐほどに、命を喰らう存在は興奮を収めることができない。

「た、たすけ、助けてぇエエエエエエ!」

まず指を取り込み、足を取り込み。

「ギ、ギャアアアアア!」

体を磨り潰しながら、甘美な響きに酔いしれる。

「ア、ア、ア、ア、アアアアア!」

痛みに慣れてしまった後は、他の人間を取り込むところを見させて悲鳴を上げさせ、至福の振動に浸る。

「アヒャ、アヒャヒャヒャヒャ……!」

悲鳴が、叫び声がかさなり、極上の振動が命を持たない存在を包み込む。

「ハ、ハハハハハ、アバババババババ!」

……生きている、目を覚ましている人間は格別だ。

命の補充は、寝ているやつで充分だ。

「っふ、ぐふっ……。」

散々嬲った後、事切れる瞬間の、この上ない至福。
命をもてあそんだあとは、その場に捨て置かれた。

この国の薬を飲まなかった人間の大多数は、地獄を見た後、星の上で命を終えた。
声も出ないで恐怖に震えた人間は、意識のあるまま体内に取り込まれ、命が終わるまで地獄を見ることになった。

この国に来た命を持たない存在は、かなり恵まれていた。

眠るように命を終える薬を用意した国に行った命を持たない存在は、命として補食できる人間がなかなか見つからず、命をもてあそぶ余裕もなく非常に不満足であった。

思考能力を破壊する薬を用意した国に行った命を持たない存在は、命を補食しなければいけないのに、ついつい命をもてあそんでしまい、命の貯蓄が思うように進まず不満足であった。

薬を配布しなかった国に行った命を持たない存在は、命をもてあそびたい衝動と命の貯蓄を天秤にかけ、おおよそ欲望に負けて思うような捕獲が出来なかった。

ツアー参加者の不平不満が多く、後に暴動が起きたようだが、それはこの星には関係のない話である。……暴動が起きたときには、この星はすでに消滅していたからである。

宇宙は広い。

命をもつ生命体は、まだまだたくさん養殖されている。

命を奪う存在は、今回の出来事を重く受け止めた。

薬の有用性を痛感したのだ。

薬を飲んだもの、飲まなかったもの、飲めなかったもの。

たくさんの人間が、補食された。
たくさんの人間が、もてあそばれた。

薬を飲んだ命は、実に無駄がない。
薬を飲まない命は、実に無駄になる。

星の滅亡を知らせるタイミングで、薬を配布すべきだ。

だが、配布したところで、飲むとは限らない。
ならば、強制的に飲ませてはどうか?
しかし、星の生命体に同時に飲ませるのは難しい。

飛来物体に薬を仕込んだところで、その衝撃で相当数の命が無駄に失われてしまう。

命を補食する存在の試行錯誤は、今なお続いている。

実に無駄が少なく、振動の楽しみも与えてくれた、あの国の生命体。

のちのち伝説になり、宇宙に「あの星にあの国あり」と言われるようになった。

星はなくなってしまったが、星は今でも語り継がれている。
星はなくなってしまったが、星に生きていた生命体は、今なお他の星で命を長らえている。

自分ではない存在の命を繋ぐために、ただただ命を長らえている。
命の尽きるまで、延々と夢を見続けている。

薬の効果は、とっくに切れている。
だが、薬を飲んだ生命体は、もう二度と目を覚ます事はない。
この星の生命体は、もはや別の存在の命となってしまったのだ。

命を利用されるもの、命を奪われたもの。

どちらが幸せなのか、知るものはいない。

どちらも、ただただ、補食される、もてあそばれる存在でしかない。

補食される運命を呪う事もなく、ただただ命を長らえている、今はない星の生命体。
夢の中で、己の人生を生きているつもりになっている、自分ではない存在の命に成り果てた、生命体。

補食する存在は、生命体に多大なる敬意をはらっている。

大切な命をいただいているのだ。
本当ならば、ひとつだって無駄にはしたくない。

薬の有用性を真摯に訴える事を決めた、捕食者は。

宇宙の片隅の、小さな青い星に降り立ち。

今回のツアーの大成功を、願った。


ちょっといつもとテイストの違うお話で驚いた方がいらっしゃったらスミマセンです。こういう話も書くんですよ、ええ。

わりと私はたぶん迷わずに薬を飲むタイプと思われますです。


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