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審判員

「はい、お疲れさまでした、あなたの人生はいかがでしたか?」

「あまり楽しくなかったです。」

ここは雲の上。
原島香という人生を終えた私は、天使と対面している。

「では、あなたの旦那様について、お聞きしますね。」

「主人ですか…ずいぶん身勝手な人で、ずいぶん心を痛め、時には病み…大変勉強させてもらいました。」

旦那の圭太は、いつでも自分が中心でいなければ気が済まないタイプの人だった。
子育てはあまり積極的にかかわらなかったし、休みの日は趣味のバイクを乗り回し、事故にあって長期入院することもあった。その場限りの嘘をついて楽しみを満喫することはざらだった。
…最後に言葉をかわしたのはいつだったかな、病気で入院してからはあまり顔を出してくれなくて記憶がかなり…薄い。仕事があるからって、見舞いに来なかったんだよね…ごくたまに、生存確認だけしていたけど、それすら仕事帰りだった。

「なるほど…旦那様は、あなたのそばに、いつもいましたか?あなたに、寄り添っていましたか?」

そばにいたかと言われたら、いなかったと言いたい気持ちが、ある。

「いいえ、私はいつもさみしい思いをしていました。」

いつも自由に出かけていなくなってしまう旦那と、それを待つ私。寄り添う事はあったのだろうか…パッと思い出せないくらい……、印象に残っていない。
病気になって相談したら自分で考えろと言われたし、泣いていたら悲劇のヒロイン気取りかって笑われたし、子供の進路のことを話題に出したら俺は知らんから勝手にしろと言われたし、貯金を勝手に使われて子供の制服が買えないこともあったし…そもそもいつも夜遅くに帰ってきてなかなか一緒に話をすることができなかったような。…簡単に、まとめてみようかな。

「悩んでいる時、自分で答えを出せとアドバイスをくれました。
 悲しい時、悲しいのはお前だけじゃないと突き放されました。
 困ったとき、お前の良いようにしろと放り出されました。
 一緒に貯めたお金は、いつの間にか無くなっていました。
 毎日寝る時間にだけ家に帰ってきました。
 入院しても、時間を作ることをしませんでした。」

「なるほど…分かりました。」

いつの間にか、机が目の前にあって、私は椅子に座っている。すごいなあ、天国って何でもありなんだ…。

「では、面談に移ります。」

「……面談?」

ふわりと…目の前に旦那が現れた。

「ああ、若いなあ…。」

結婚したばかりの頃の旦那が目の前にいた。
このころからあんまり笑わなくて…たまに笑う顔がとても愛おしくて、一生懸命笑わせたいって願って生きてきたんだけどな。
……私がいなくなって、笑える日々は過ごせたんだろうか、すぐに死んでしまったんだろうか。

「あなたは、この人に寄り添ってもらえましたか?」

天使が私の旦那に声をかけた。少しだけ不機嫌そうな顔…そうだね、この人は自分が主役でないと、おもしろくないから誰かの言葉に反応するときはいつもこんな感じなんだよね。

「なんかいつも俺のそばでうろちょろしてたな。」

不機嫌そうな旦那。

「バイクで事故ったときは24時間世話してもらったけど気が利かなくてタバコが吸えなくてさ。新しいバイク買うのに貯金使ったら専業やめて働きに出たから家にいろって辞めさせたんだ。夜中に帰った時に叩き起こして仕事の愚痴聞かせるとめっちゃ不機嫌そうな顔するんだよ。疲れて仕事帰りに病院行くと寝てやがるから見舞いに行かなくなって…あんま会ってないな。」

「なるほど…分かりました。」

なんだあ…やっぱりこの人、私の事使えないやつって思ってたんだね。
……私こんな人と人生共にしちゃったのかあ。

つまんなかったなあ…次はもっと寄り添ったら寄り添い返してくれるような人と人生を共にしたいな。できる事をしてきたけど、あまり見返りがなかったというか…見返りを期待するわけじゃないけど、ないがしろにされるのは気が進まないな。

「では、今から…審判員制度についてご説明させていただきますね。」

机の上で、書類をトントンと整頓しながら天使が私の目をのぞき込む。

私の頭の中?に…情報が、流れ込んでくる…。

…。

審判員制度。

未熟な魂は、生まれる時に命題を渡される。

人としての心を学び、気持ちを知り、できる事をするようにと、渡される。

渡される命題は、魂のレベルによって違い、簡単なものから難しいものまであり、これをすべてクリアすることで自由に生まれることができるようになる。

同じ命題を持つ者同士、互いにきちんと命題をこなせたか、こなそうとしたか、こなせなかったのかチェックをするシステム、それが審判員制度。人生を共に歩み、身近な場所でチェックをするために…パートナーとなる運命を持って生まれる。

人生を終えてこの場にきたとき、互いの行動を報告し、命題がこなせたのか最終判断をする材料の一つとなる。

私と旦那の命題は、「人に寄り添うこと」だった。ともに人生を歩む誰かに寄り添い、互いに助け合い、いたわり合い、愛というものを知る、…終盤の命題。

「香さんは、命題クリアですね。次のレベルに進んでください。」

「はい。」

そっか、私命題にちゃんと応えることができたんだ。
…よかった、無事に寄り添うことができて。見返りがないからと言って…やけになって手放さなくてよかった。子供たちが、友達が支えてくれたから、手放さなくて済んだんだ。支えてくれたみんなに、心から感謝しないとね。

「圭太さんはやり直しです、また同じ命題を持って生まれてください。」

「はあ?!俺はこいつに寄り添った!!こいつは先に死んだから、この制度の事を知って俺を貶めようとしているに過ぎない!!」

ああ…旦那が怒ってる。いつも無駄なことをすると怒ってたもんなあ…。入院した時も薬が効かなくて、ムダ金だったって暴れてたし。やり直しなんて、旦那が一番嫌いそうなことだもん。

「いつも俺をはめる事ばかりするんだ、こいつは!俺が使った貯金の事を根に持ったり、出張だって言ってんのに疑ってパーティー会場に乗り込んだり!つまんねえ執着で俺の人脈阻止したり!!いつも一緒にいてやったのに肝心なところでうその証言したり!!!」

相変わらずの言い訳の仕方するんだなあ…。
勢いで言えば何とでもなるって思ってる……、死んでも人って変わらないんだね。自分は何一つ悪くないって、ここまで信じてるんだもん。
…ふふ、すごく面白い。

「嘘をつくことはできないんですよ、ここでは。香さんのいう事はすべて事実で、あなたは命題をこなせなかった、それだけです。先に死んだからと言って、先に審判員の情報を知るわけではありません。時間は、ここでは意味がないものです。香さんが人生を終えた時と、あなたが人生を終えた時が重ねてあります。」

「…ならば、撤回だ!!こいつは全く俺に寄り添っていなかった!」

うん、確かに入院してからは寄り添ってなかったね。だって入院中は家に帰れなかったしどうすることもできなかったもん。

「香さん、お迎えに来ましたよ。」

別の天使が私の目の前に現れて、手を差し出した。うん?これは手を取れという事かな?ああ、もう私、生まれ変わるんだね、きっと。…じゃあ、私と人生を共にしてくれた旦那に…最後の挨拶をしておかないと。

「…一緒に人生を歩んでくれてありがとうございました。先にこのレベル、卒業させていただきますね。いろいろと学ばせてくれてありがとう。」

寄り添ったら寄り添ってもらえると思い込んでいた私に、寄り添ってくれないこともあると教えてくれた。蔑ろにされるととても悲しいという事を教えてくれた。身勝手な行動が周りを団結させることを教えてくれた。…とても、とても残念な、人の在り方を、教えてくれた。

「おい!!まてよ!!ふざけんな、お前きちんと証言しろよ!!」

ずいぶん怒っている旦那の姿がどんどん薄くなる。

「じゃあ、これから生まれる手続きにうつりますね。」

「よろしくお願いします。」

私の目の前の、優しそうな天使が手をかざした。光が、降り注がれる。

「あなたは…もう自由に生まれても大丈夫です。これから自由に…誰かと出会い、誰かと人生を共にし、豊かな生き方をしてください。」

光を見ていると、とてもやさしい気持ちになる…。

「あなたの優しさが、たくさん返ってくるような運命が待っていますよ。」

眩しい光は、とても、心地いい…。

「とても…楽しみ…。」

あたたかい光が…私を包み込んだ。



※こちら、旦那側の物語が明日公開されます。



審判員違いだった…

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