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リノカット版画(Linocut)をはじめてみる

今、自分の創作の中心になっているのが「リノカット(Linocut)」と呼ばれる版画作品なのですが、今年に入るまで自分はリノカットという言葉すら聞いたことがありませんでした。

私は美術を専門に学んだ人間ではないので、リノカットの歴史背景や同技法を取り入れた著名アーティストの作品などについては全くと言っていいほど知識がありません。ただ、創作をする過程で目に留まった海外の作家さんの印象的な版画作品の多くがリノカットだったので、見よう見まねで始めてみたわけです。

ちょっと調べてみると、かの有名なパブロ・ピカソが80歳を過ぎた晩年にリノカット技法を使った創作を始めたとか!

自分なりに試行錯誤して始めたリノカットですが、想像の何倍も奥が深く難しい。これは自分の求めているクオリティに到達するには骨が折れそうだぞと、すでに若干打ちのめされています。

そんなリノカットという版画技法について、初めて知ったという方に向けて簡単にまとめます。


1.リノカットとは?

1-1.印刷技術の違いについて

凸版技法の一種。床材に使用されるリノリウム(樹脂や木紛、コルク粉などを亜麻仁油と混ぜたものを、ジュートなどの布に塗布して固めた素材)を版に用い、彫刻刀で彫る。板目木版用の一般的な彫刻刀で彫れるが、先端が少しカーブした専用の彫刻刀もある。リノリウムは安価で刷りに対して丈夫で、やわらかく、木目の方向の制限がなく彫りやすいため、スチレンなどの素材が登場するまで美術教材としてもよく使われた。ただし、繊細な表現には向かない。

artscape リノカット 著者:成相肇

版画には「凸版(とっぱん)」「凹版(おうはん)」「平版(へいはん)」「孔版(こうはん)」の4種類がありますが、いずれも「印刷技術の分類」です。手書きに比べて、同じ絵や文章を繰り返し短時間で制作できるようにと生まれたのが「印刷」で、時代と共に素材や技術が進化してきました。

リノカットは木版画などと同じ凸版印刷の技術の一つで、素材を彫刻刀などで彫って削ることで生まれる凸部にインクをのせ、紙に転写します。木版画芋版などは小学校の図工の時間にやったことがある人もいると思うので、少し想像しやすいのではないでしょうか?

1-2.リノリウム(linoleum)という素材について

私が使っているリノリウム

素材が「リノリウム(linoleum)」と呼ばれる床材に使われるゴム版のような弾力のあるものを使うのでリノカットというのですが、その素材となるリノリウムも現代ではリノカット用に掘りやすく加工されたゴム版に近い質感のものから、従来の床材のリノリウムまで幅広くあります。

特に、Speedball社(米国ノースカロライナ州のアート文具製造会社)が販売しているグレー色の通称「バトルシップリノリウム(Battleship linoleum)」という商品を使っている作家さんが多いですね。

ただし、上記のリンクを見てわかるように「高い」んですよ、リノリウム。流石に手が出ない。日本であまりリノカットをする方を見かけないのは、この辺も理由の一つなのかなと感じます。

弾力性と吸音性のあるリノリウムは、バレエ教室の床材などで使われることが多いようなのですが、多くが輸入品だったりするのでリノリウム自体が手に入りにくいという問題があります。また国産のリノリウムもあるにはあるんですが、品質が良すぎてかえって彫りにくいこともあるようです。

2.リノカットの魅力

2-1.紙以外の素材にもプリントができる

もともとはアナログ水彩やデジタルで植物画を描いていたのに、リノカットを始めたのは「ブロックプリント(Blockprint)」をやりたかったというのが一番の理由です。

ブロックプリントというと、手彫りの木版に染料をのせて生地に様々な細密な柄を施すインドの伝統工芸を想像しますが、日本で流行っている消しゴムハンコなんかも英語でいうときはブロックプリントといいますし、版を生地におして印刷するときにリノカットを使う場合でもブロックプリントと表現したりします。

これまでにも自分の絵を外注して、Tシャツやトートバッグにしたことはあるのですが、どうも出来上がりに納得しきっていない自分がいました。そこで印刷も自分ですべてやりたいと思うようになったわけです。今までiPadで絵を描いて原画も無いような創作をしてたのに、一転「版を彫る」という作業から「印刷」までやるというのは振り幅が極端ですよね。

孔版印刷の一つでもある「シルクスクリーン」も候補には入ったんですが、彫刻刀の彫った跡も表現に加えたかったのでリノカットにしました。

2-2.手間や時間のかかる制作工程が美しい

タイパ(タイムパフォーマンス)という言葉を頻繁に聞くようになり、手間や時間がかかるものが敬遠される現代ですが、私はSNSで流れてくるリノカットの製作工程の美しさに魅せられてしまったんです。(※下のInstagramは私の製作工程で音楽入りですが、こういうショートムービーを最近よく見ています)

最近のSNSのショート動画が主流になってる流れで、アーティストは制作過程をコンパクトにまとめて発信したりしていて、その中で版画を作る工程が他のアートに比べて特に引き付けられました。版を彫っているときの音、インクを練るときのローラーの音も、紙を版から剥がすときのペリペリといった音も、動画を見ているだけで心地いい。そしてついには自分でもやりたくなってしまったわけです。

ただ、見るのと実際にやるのでは大違いで、とにかく想像以上の難しさに困惑しているところです。

3.リノカットを始めてみて気づいたこと

リノカットを始めてみて気が付いたことがいくつかあるのですが、始めるまでも始めたあとも結構「あれ、これは結構大変だぞ」と思わされるポイントがいくつかありました。

  1. リノリウム材が手に入りにくく、輸入するにしても高価

  2. 彫刻刀(gauge)も太さや形状が違うものを複数用意が必要(高コスト)

  3. 砥石、バレン(馬連)、インク、ローラー、インク練板、ヘラ、刷毛、洗剤、版画紙など必要な道具がものすごく多い。そしてそれぞれに品質の高低があり、もちろん高品質のものはいずれも高価

  4. 油性インク、水性インクの選択肢があり、油性インクは片付けに灯油やホワイトガソリンなどを使う(こともある)。水と洗剤で落とせる油性インクもあるが、国産のインクでは見つけられなかった(=輸入品のインクは高価)。水性インクは扱いやすいが、パキっとした刷り上がりを目指すならプレス機があると好ましい

  5. 彫りカス、インク染みなど汚れを避けられないので、広いスペースが必要

  6. (個人的に)彫ることよりも、きれいに刷る難易度がはるかに高い(※一番想像と違ったことがコレ!)

ご覧の通りではありますが、いかんせん「お金がかかる」というのが率直な感想です。あと、掘ることよりも刷ることの方が難しい!!!

Pfeilというメーカーのスイス製彫刻刀

上記以外にも躓いたポイントはたくさんあって、コツをつかむまでの技術的なレベルアップと、それだけではどうにも補えないポイントは使用している道具の有無や品質に結構左右されるので、いいものを使う(特にインク、ローラー、彫刻刀、版画専用紙)、もしくは無くても可能だけど思い切って購入する(特にプレス機)が大事だなと感じました。

画材にコストがかかるのはどのアートも同じですが、とりわけ工程が多く、必要な道具が多岐にわたる版画においては、私が最初想像していたよりもはるかに初期投資が必要だと思わされました。

版の材料であるリノリウムに関しても、高品質な消しゴムハンコ用の「はんけしくん」や「ほるナビ」が比較的どこでも安価に手に入れられる日本においては、選択肢に入りにくいのは当然かもしれません。

消しゴムハンコも作ったことはありますが、リノリウムよりもはるかに彫りやすいですし失敗もしにくいように思います。

4.おわりに

リノカット版画がどのようなものなのかが少しでも伝わると嬉しいです。
自分自身もまだまだ制作した作品数自体が少ないのでわかっていないことだらけですが、今後の創作の軸にしていくべく作品のクオリティを挙げていきたいと思います。


いただいたサポートは今後の創作活動でより良いものを制作するための画材購入費用などに使わせていただきます!