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「どちらでもない」は、「なにものでもない」わけではない。

【Multicultural Film Making presents 
映画「ニュー・トーキョー・ツアー」1DAY 上映会】

東京プロジェクトスタディで、いっしょに映像エスノグラフィーを学んだ
鄭禹晨(テイ・ウシン)さんが、いつの間にか、TARLの運営側に回って
「アセンブル1|Multicultural Film Making ルーツが異なる他者と映画をつくる」で、監督を務めていた。

そのことは、なんとなく知っていたのだが、具体的にはどのような取り組みをしているのかはよくわかっていなかった。

そして、忘れていた。

が、その成果が一日限りで、お披露目されるという告知が飛び込んできた。鄭さんが監督として何をつくったのか。私たちがいっしょに取り組んだ東京プロジェクトスタディでも、彼女の作品は秀でていて、今度はどんな作品を生み出したのか、それはもうぜひとも知りたいと思って会場となった東京都写真美術館に出かけた。

そこでまず見たのは、海外にルーツをもつ参加メンバーの、写真と語りによるささやかな自己開示の記録だった。

日本に来てわずか数か月のメンバーもいたし、小さい頃に日本に家族で来て、母国語よりも日本語のほうが話しやすいという人もいた。アジアをルーツにもつ参加者もいれば、ヨーロッパの国名を挙げる人もいた。

グーグルマップを使うことを禁じられ、紙の地図を片手に、このプロジェクトの活動拠点である3331 Arts Chiyodaを中心に、台東区、文京区、千代田区を歩き、自らの関心を写真に残し、何かを語るというフィールドワークの成果が、「自分のルーツをまちで見つける」というワークショップ作品だ。

この作品たちで、彼らは実に多くのことを語っていた。いくつか印象的なものもあった(記憶違いのものもあるかもしれいない)。
「カルピスは、日本の味!」(カルピスは初恋の味ではないのだ!)
「ラーメンか、チャーハンか決められずに、半ラーメンと半チャーハンを頼んでしまう」
「すみません、すみません。日本人はいつも謝っている」
「雨が大好き。雨が降ると、それを浴びたくなる」
「隣近所の人と話せないことが寂しい。話すとすればゴミの出し方とか」

メンバーの数だけできあがった小品の上映が終わると、今度はメンバー同士の壇上ディスカッションが始まった。

そこで次第に伝わってきたのは、各人のマージナルな感覚だ。ルーツという言葉に違和感があるという話もあった。自分が何にアイデンディファイしているのか、当人たちにとっても甚だ定かではない感覚。

これらのプロセスで吐露された言葉たち、披露されたエピソードたちは、鄭さんによって収集され、彼女が構想するシナリオにふくよかさを与えていった。

その結実が、参加者がスタッフとなり、登場人物となって撮影された映画「ニュー・トーキョー・ツアー」である。
この“ニュー・トーキョー”という言葉は、どうしてもロートルには外食産業を想起させるが、鄭さんによってその言葉が説明されたときに、なるほどと思った。
日本に来たばかりの頃には、“new”なものとしてさまざまなものに出合うのに、それがいつの間にか“knew”となっていく。あるいはそれは、参加者それぞれの日本での滞在期間の違いをも内包している。その両面性、二義性を表すために、カタカナにしたと。

映像は、美しかった。専門家(らくだスタジオ)がサポートに就き、「私では使いこなせないツール」(鄭さん)がふんだんに用いられていた。ただ、カメラマンも音響も参加者自身たちだ。

映画は、二人の女性が夜の公園で話しているシーンから始まる。韓国語と日本語がそれぞれから交叉するように飛び出してくる。それに象徴される登場人物たちそれぞれの二義性、多義性を象徴するものとして、あるいは背反すると思われているものを繋ぎ合わせる象徴として“橋”のシーンが何度か登場する。

ボンディング(bonding)ではなく、まさにブリッジング(bridging)。どちら側かにいるのではなく、“中間”にいる人たち。その立ち位置次第では、どちらかに偏っているかもしれない。そのグラデーションのどこかにいる人たち。

この中間という価値。それはこれからの時代、けっこう大事なのではないか。そのポジションは、もやもやだらけかもしれないが、一つのサイドしか知らないよりは、豊かであるような気がする。

すべての人がなにかの中間にいるのかもしれない。性差も、実は曖昧で、アフリカでは成長するに従って性が変わる村があるとテレビで見たことがある。私たちは曖昧さの中にいる。

ああ、なんだかもう一度観たい気がする。見逃していたことを発見できるかもしれないからだ。




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