baristathlete/ バリスタを目指すアスリート

バリスタを目指すフットサル社会人リーガー スポーツ×カフェを目指して イタリア再挑戦…

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バリスタを目指すフットサル社会人リーガー スポーツ×カフェを目指して イタリア再挑戦を目指して スポーツとカフェ二刀流の道に挑戦中! フットサル:東京ヴェルディフットサルチーム Instagram: 5ndai_s5l

最近の記事

あの日の決断は自分への約束

僕らは大きくなるにつれていくつもの決断をしていると思う。 良くも悪くもその決断があっての今だろう。 僕はフットサル選手をしながらバリスタをしている。 どちらもプロではない、けれどさまざまな決断の上今を楽しんでいる。 今回はそんな僕の 『あの日の決断』を二つについて紹介したい。 フットサルの決断 僕は高校生の頃フットサルというスポーツに出会った。 それまではなんでもかんでも適当に物事をこなしていた。 しかし、小3から海外に住んでいた僕は部活に憧れがあったため フ

    • 苦は強になる

      人生どんな時も辛い時や苦しい時があります。 何かに挑戦や没頭していたら悩み辛くなる。 でもそんな時ほどチャンスなことはないのかもしれません。 辛かったら逃げればいい、そしてその逃げた先でベストを尽くす。 一歩下がり周りを見るのと同じだと思います、 海外へスポーツで挑戦して もうその国へ戻れないかもと心配して、現実を突きつけられたことがありました。 でも一回日本へ戻り自分のこれからを見つめ直す時かもとも思いました。 イタリアで得た辛い経験や楽しい経験はもちろん

      • イタリアで出会った勇気が出る名言

        以前書いたように僕はイタリアへ挑戦するために留学した。 だが、イタリア語学ぶ以外何もできず終わった。 そんな10ヶ月の中何度も帰りたくもなったし、諦めたくもなった。 そんな中、とあるサッカー選手の名言に心が救われた。 今何かに挑戦していて挫折していたり、悩んでいたらぜひこの名言をもとに改めて自分を見直してみるのも良いのではないか。 イタリア在留中この言葉に救われた。 大袈裟かも知れない、けれど先が見えなくなり戦う意志も無くしかけた、、 そんな中、元々綺麗事や名言など好き

        • イタリア挑戦の11ヶ月-どん底を経験して得るものとは

          僕は合計2回イタリアにフットサルで挑戦した、 1回目は高校2年生の時、選抜で選ばれて。 2回目は外国人枠、いわばプロとして行くため。 2020年8月1日僕はイタリアへ夢のために旅立った。 そして、 2021年6月1日、夢叶わず、先が見えないまま帰国した。 イタリア挑戦のキッカケ先輩たちの姿にも影響され、僕はとにかくフットサル部での活動が大好きだった。 ある日の大会、そこでイタリア高校生選抜のチームを作るために とある会社の方と監督が来ていた。 あまり自信もなかった僕は

          『ありがとう』と言える大切さについて

          日々どんぐらい『ありがとう』を伝えられているだろう。 感謝とは別で『ありがとう』という言葉が個人的にものすごく大切だと思う。 僕はこの言葉が言えるか言えないかで人生も変わると思う。 自分は言えるようになってから少し人生が変わった。 いろんなことに挑戦し始めた19歳後半から『ありがとう』の大切さによく考えるようになった。 だから今回はそれについて発信したい。 きっかけいつからか何事への感謝が大事に思うようになった。 多分そう思えるようにならなきゃ変われなかったのだと思う

          『ありがとう』と言える大切さについて

          上海で暮らして得たもの

          海外移住を今思い返すと両親への感謝が一目散に出てきます。 今の自分があるのは間違いなく家族のおかげです、 それは間違っても忘れません。 今回は上海での大まかな暮らし、そして最後に得るものについて話したいと思います。 何かのきっかけになれたらと思います。 旅立ちー> to Shanghai人生の中で初めての引っ越しでした いつかするのかなーなどとドラマの影響で思ったりしていましたけど、 まさかの隣町や都市ではなく海外w 川や山を越えるどころか日本海を越える引越しにになると

          初めての海外移住

          こんにちは、突然ですが来月急に海外に行くとなったらあなたはどうしますか? 楽しみ、不安、わからない、、、多分感情は人それぞれです。 僕は当時不安ばかりでした。 今回は僕が下見旅行した時のお話をします。 中国は上海への移住小学校3年生までは至って普通に住んでいました。幼稚園は少しながら英語に触れていたけれど、子供からしたらお遊び程度。それ以外は普通に算数や国語、また少年サッカーチームでボールを蹴ったり、夏休みになったら自由研究したりと。 とある日両親が少しバタバタし始

          何事も「当たり前じゃないからな!」

          こんにちは、今回は僕が上海に移住する前の幼少期のお話をしたいと思います。 僕は小さい頃はワガママで世話の焼ける子供だったそうだ。 兄がサッカーをしてる中僕はじっとしてられずすぐにどこかへ行ってしまったり、またあるときは目を離したらすぐ兄の友人にちょっかいやら悪いこと言ってしまう。 常に親のどちらかがそばにいてく他状態であったw 僕は年長になった頃一年生に混ざってサッカーをしていた。 それは兄の影響でもあると思う、気づいたらなんでも蹴るのが好きでした、石ころだったり、小さめ

          何事も「当たり前じゃないからな!」

          僕は。。。

          僕はまだ21歳だが他の人たちととはちがう人生を歩んできていると思う。 かるく経歴を言うと 幼稚園年長の時に兄の影響でサッカーを始める 小学3年生の時に親の転勤で中国の上海に移住し、インターナショナルスクールに通う 中学2年生の時に帰国し、日本のインターナショナルスクールに一年通う 高校受験もあり、当時住んでいた近所の中学に6ヶ月通い卒業 都内の高校で海外大学留学科に進学し同時にフットサルと出会う 高校卒業後イタリアへプロを目指しフットサル留学 新型コロナウィル