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【忘れない記憶】─18才。高卒認定試験当日─

とうとう、高卒認定試験当日になった。

11月。

寒い……。

この時期にしては随分な寒さだ。


私の県の高卒認定試験は、とある高校を借り切って行う。

嫌で嫌で通えなくなって高校を中退した私が、高卒認定資格をとるために高校に行かなくてはいけないとは因果なものだね……。

試験はなにごともなければ合格できるだろう。

なにごとにも万が一というものはある。

油断せずに行こう。

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私は電車が嫌いだ。

混んでいると、知らない人と触れ合わなければならない……匂いも気持ちが悪くなってくる。

高校通学も何度も途中下車しながら諦めたっけ……。

そんな私を気遣って、父と母が車で会場まで送ってくれるそうだ。

いつも、いつも、ありがとう。照れくさくて言えないがそう思っている。

前もって車を十分に温める父が言う。

「じゃあ、行くぞー。忘れ物は大丈夫か?」

私も準備は万端だ。

「大丈夫だよ。行こうか。」

出発すると、同級生の友達の家の前を通りかかる。

ああ……。きっと、随分と人生の経験値で離されてしまっただろうな。

でも、少しずつ追いついていくよ。待っていろ。

思い出に馳せながら気合を入れる私に母がなにげなく一言。

「そういえば、友達の〇〇くんの家は、お父さんが車で大きな事故を起こして無保険だったらしくて、家を売って引っ越しちゃったのよねぇ。」


「…………………………………………………………………………。」


なんで、そういうこと試験の当日に言うのーーー!!!

いや、事故とか滑るとか受験生に言っちゃいけないワードNo.1だよ。

あと、そういうどうにもできない悲しい話は自分の人生の岐路の日に聞きたくなかったよ……。

みんな人生大変だよね……。いいことばかりじゃなく、色々苦労してるよね……。

心の中でシクシクと泣きながら会場に到着する。


会場に着くと……おお……意外と年齢層は幅広いんだな……。

30代、40代の方もいらっしゃるんじゃないだろうか。(それ以上の年齢で高校に通えず働いていらっしゃったと思われるような方も?)

みんな合格するといいな……。とにかく、自分の試験に集中しよう。

深呼吸。

深呼吸。

深呼吸。

久しぶりの試験とはいえ、落ち着きさえすれば大丈夫だ……。

……試験まであと少し。


「ガッッッターーーーーーン。」


後方から鳴り響く音。

なにが起きた?と瞬時に振り返る。

「ハーーーハーーーハーーーハーーハーーハー。」

同じ年頃の女の子が、試験の緊張で過呼吸を起こして椅子から倒れたのだ。

呆然と見つめる私と、同じくなにも動けない受験者たち。

試験官と運営者たちが迅速にかけより救護を行う。

女の子は過呼吸を起こしたまま、息を乱れさせて言う。

「……大丈夫です……。……大丈夫です……。」

しかし、大丈夫ではないのは明らかだった。

なんとか救護員たちの肩を借り、ゆっくり、ゆっくりと教室を歩いて出ていく。

「……ごめんなさい……。ごめんなさい……。ごめんなさい……。」

ボソリボソリとつぶやきながら退場していく。

……時計に目をやる。

もう、試験の時間だ。

私は私のことに集中しないと……。

高卒認定試験は9:30から17:30までの長時間で2日間もあるのだから……。

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その後の試験自体は、それまでがウソのようにとどこおりなく進んでいった。

これは受かっただろう!と帰りの車で思うくらいで、後に試験の解答速報を控えていた問題用紙と答え合わせして、それは確信へと変わった。

私は1度の試験で高等学校卒業程度認定試験を合格できた。

試験の内容の思い出よりも、他のことの方が記憶に残っているくらいだ。



『ごめんなさい』



彼女はなにに謝ったんだろう。

試験会場の他の受験者を驚かせてしまったから?

試験官や運営者の手を煩わせてしまったから?

試験を受けるまで支えてくれた優しい家族や友達、先生や講師に?


それとも〝世界〟の全てに?


大丈夫だよ。


緊張しても、勇気を出して試験に受けにきた彼女を、私は素敵だと思ったから。

だから、こうして今も記憶に残っている。

驚きはしたけれど……。

彼女はこれが嫌な記憶となって、さらに試験を受けるのが怖くなってしまっただろうか……。


知らない誰かだとしても、きみの笑顔の花が、今は暖かいどこかで咲いていることを信じている。


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