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何故なろう系アニメは「つまらない」のか

昨今テレビのアニメ放送枠において各期3~5作品を占めている「なろう系小説(その多くは異世界転生もの)」原作アニメ。もちろん、各シーズン毎に面白い作品はあるのだが、多くは三話までの視聴もためらう作品が多い。
ではなぜこういう微妙な作品が量産されていくのかを、雑に考察してみたい。

なろう系アニメが作られる理由

1、中国市場で人気(昨今は陰りも見えるが)

いわゆるなろう系アニメは中国の動画配信サイト(ビリビリ動画等)での再生数が高い。昨今はマンネリ化で飽きられつつあるという指摘もあるが、日本以上の格差社会(最近は頼みの経済も減速傾向にある)である中国においては、なろう系のストレスフリーな作品が受け入れられる素地があるのだろう。

2、放送枠の維持要員

アニメの放送枠はいわば既得権であり、アニメ制作会社や出版社などにとっては手放すことには抵抗があるようだ。これは筆者がテレビアニメ関係者から聞いた話である

 ノイタミナ等の放送局が放送枠を設けてくれるならともかく、放送する番組を切らしては放送枠を他社(アニメ以外の番組制作会社)に取られてしまう。
いわゆる原作不足の問題を、なろう系小説は低予算で埋めてくれる有難い存在である(書籍の販促的な意味合いがあるため)。

 ならオリジナルアニメをという声もあるだろうが、脚本を一から書ける(それでいて売り上げの数字が読める)シナリオライターは業界では希少なのだろう。十八禁系ゲーム出身の虚淵玄や下倉バイオ等がアニメで活躍しているのがその証左と私は考えている。

3、ウェブ発書籍の売り上げから数字が読める

なろうやカクヨム等のウェブサイトでのPV数や、書籍化作品の売り上げからどれくらいの作品、作者のファンがいるかは読むことが出来る。
いわば「数字を持っている」作品は、アニメの製作委員会側には有難いのだろう。

4、配信収入の割合増加

 一昔前はBlu-rayやDVDなどのディスク媒体がアニメ作品のコンテンツとしての主な収入源であった。その他にもグッズ販売やイベント収入等があげられる。そのため、ある程度作品としての「格」が求められたのが一昔前のアニメ原作である。
 しかし、昨今のアニメはAmazonプライム・ビデオやDアニメストア等の配信サイトで流し見される時代である。ある程度のクオリティーであれば、配信サイトでの再生回数次第で収入が期待できる時代となっている。(もちろん、流石にあまりにつまらなければ「切られる」ことになる)。
昔よりはアニメ化のハードルは低くなっていると言えるだろう。

なろう系アニメがつまらなくなる構造的問題

1、低予算


 予算がアニメのすべてを決めるわけではない。潤沢な予算で大コケした作品も数多いし、逆に明らかに低予算で作られたアニメにも優秀な作品は存在する。
 例えば「乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です」は小説家になろう発で、作画は作画枚数も少な目で止め絵も多く明らかに低予算。キャラクターデザインもやや古臭いと指摘されてはいたが、制約に苦しみつつも高評価だった。

ただ、それは制作側に創意工夫をする時間的な余裕、スタッフの情熱といった要素が無ければならない。

 予算が低ければ、作品の出来は惨憺たるものになる確率は跳ね上がる。
 特に低賃金労働やブラックさが時折指摘されるアニメーターなどにしわ寄せがいくことは想像に難くない。

2、ウェブへ特化したことの弊害

多くのネット発小説は投稿サイトの仕様に合わせて最適化されている。
主人公の属性や能力、あるいはオチまで説明する長文タイトルが一番わかりやすいだろう。一話ごとの文章は少なめ、地の文も短く少なめなど、ストレスがない文章に調整されている。
書籍化によってある程度既存のライトノベルに近い形で調整されるが、そこからアニメの脚本へ「翻訳」する際に、「面白さ」が損なわれてしまっていると感じる部分は多い。
低予算で「翻訳」のリソースが足りていない制作会社にかかると、原作の面白さ(作りこまれた世界観等)が損なわれてしまうケースが多々見られる。

結論

以上、なろう系アニメがつまらなくなる原因を考えてみた。
もちろん筆者は単なるウェブ小説好き、アニメ好きに過ぎないので、外野の雑な考察に過ぎない。

また、筆者が異世界テンプレものに食傷気味なので偏りもあるだろう。

また、これはアニメ制作がテレビ番組からネットメディアへ移行していく過渡期の現象だとも考えている。

筆者の望みはただ一つ、どうせアニメ化するならもっと面白くなって欲しい、ただそれだけである。

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