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本当は、誰にも教えたくない。大人の胸キュンな掌編集

本には、想像力の余地がある。

映像作品やマンガと違い、登場人物や風景が具体的な絵で表されているわけではない。
文章だけの表現で、どんな人物か、どんな情景か、どんな心情かを想像の世界で思い描く。
無限の世界を広げる
こともできてしまう。

また時には、思い描いた情景描写と自分自身がシンクロするようなことがある。
自分が物語の中にいる錯覚に、深く沈んでしまうのだ。

こんな想像体験をする作品はごくまれなのだが、あろうことかnoteの中で出会ってしまった。

それは『球体の動物園』という、全5作からなるファンタジー掌編集である。
作者は半径100mさんという。

『球体の動物園』の中の一作「かばうらら」が、私にとって特別な物語となってしまった。

感情移入を越えてシンクロし、自分自身のファンタジーになりえたからだ。
それほどの想像力を喚起する起爆剤が「かばうらら」には潜んでいた。


『球体の動物園』に限らず、半径100mさんの掌編はどれも不思議な雰囲気をまとっている。

心のひだに隠れた嫉妬、恋慕、郷愁、切なさなどが淡い水彩画のようにすーっと描かれ、意表を突いた結末で締めくくられる。
その結末はシニカルだったりほんわかしたり、縦横無尽。


「かばうらら」とは、こんなお話し。

春乃は今日、恋い焦がれているかばを家に招く。
河原をかばと一緒に歩く穏やかな時間、春乃の心は静かに波打つ。
家に着き、かばは浴槽に身を委ねた。
桜の花びらが舞う水面を割り、春乃はかばを抱きしめる。

これは大人のファンタジーだ。
もどかしさといじらしさで、文章を追うごとに喉元までが熱くなる。

ラスト一文の衝撃には、おそらく100人が読めば100通りの解釈を持つだろう。

これだけでも圧巻。

けれど私は妄想世界で浮遊するような感覚に堕ち、この短い物語を二度読みせずにはいられなかった。

二度目は自然に、私は「かば」を「かれ」に変換して読み進めているのである。

今日、かばが来る。かばが来る。かばと会える。
 目が覚めるとすぐにそう呪文のように唱えて、私はカーテンを開けました。

半径100mさん著「かばうらら」より引用


「よく檻の前に来ていた人が、なぜか、僕を見ながらこの歌を歌っていたのです。檻の前で毎回、小さな声で歌っていました。そのたびに、僕は耳をすまして歌詞を聴きとりました。はるのうららのって出だしで、あなたを思い出していました」
 あぁ、私の名前は春乃です。はるのうらら。春乃うらら。思い出していた、というかばの口から出た言葉を噛み締めると、両頬がきゅっと痛くなりました。

半径100mさん著「かばうらら」より引用


少し苦しく少し甘い、春乃の心。それがどくどく流れ出すと、私にさっと憑依してしまった。
そして私自身の忘れていた恋の欠片が、ふわっと物語の中に甦ったのである。


「もう檻には入りたくないですね。穏やかに生きていきたいと思います」
 かばは何度もそう言いました。私もそれを望んでいます。
 穏やかに。この川沿いの水彩画のような景色の隅っこに、私とかばが小さく描かれて、誰も見てくれなくても、どこかの壁にぽつんと飾られていたら良いなと思うのです。

半径100mさん著「かばうらら」より引用


「かば」は「かれ」としか読めなくなり、私だけの想い出の風景が広がった。
もはや「かばうらら」は、自分にもひょっとしたら起こりえたかもしれない物語として眼前に現れるのである。


 私は服を脱ぎ、かばの横の小さな空間に身を沈めました。春の水風呂は冷たく、ぷつぷつと鳥肌が立ったから、かばの体を包み込むように両手を広げて抱きつきました。
 私はかばの全身を撫でます。かばのぬるぬるとした粘液が私の肌に移ります。私は、顔も身体も、かばに押し当てました。

半径100mさん著「かばうらら」より引用


キラキラと瑞々しい、それでいて官能の余韻たっぷりの場面。

この後には思いがけないラストの一文が続くのだが、ここで記すのはやっぱりよそう。

読むひとによっては、とても怖い結末にもなるだろう。

ただ私には、二人がひとつに溶け合う、静かで熱い前ぶれのように思えた。
淡くたどたどしくも純粋な、誰にも壊されない時間が訪れるような。
ちょっと涙ぐんでしまうような。


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この記事は創作大賞感想文ではあるのだが、ほとんど自分語りに終始した。

本当は、誰にも内緒にしたい大好きな作品である。
私は一番好きなものは秘密にしておく性分だ。
心の中で、自分だけで、大切に愛でていたいと思うから。

でも、いやだからこそ、
あなたの心の宝ものにもなってほしいと願ってしまった。

秘密の扉を開けたいま、私はちょっとドキドキしている。





★タカミハルカ厳選 
半径100mさん珠玉の4作品★

▼『球体の動物園』から「たぬきおやじ」
自分が生きて行くのに必要な人のことを思いました。その人がまやかしでも、自分にとって価値があるならそれでいい。そんなことをふと考えました。哀しくないのに、楽しいのに泣いちゃう系の掌編です。


▼「ほねかみ」

女にとって、男は神かケダモノ。他はただの有象無象。神なる男と一緒なら地獄でさえ彷徨える。こんな女にはかなわないな。この世で一番怖くて強いのは“女”です。


▼「かがみよ あなたよ かがみさん」

「ほねかみ」の連作。さらに怖い女が登場。結局、女は怖いのだ。したたかなのだ。半径100mさんの物語の書き出しは、なんということのない日常から始まります。それが一気に怪しさを帯び、終盤でとてつもない世界を目撃してしまいます。


▼「目の穴」

結末を楽しんでください。物語は刺激的な意表を愉しむだけではない。だからといって単純でもない。心を素にして、ただただ清々しい物語を楽しむ極上時間をお過ごしください。誰の目が節穴なんでしょうか。


半径100mさんの作品はすべてオススメと行っても過言ではない。

もう一作の創作大賞出品作『エロを小さじ1』は多くの方々がオススメされているので、それ以外の作品から厳選させていただいた。

オススメ理由は、タカミハルカ好みな大人の童話。毒の入り方が絶妙で巧妙。どれも掌編、とても短い物語。