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目の穴

 わたしは、鳥です。
 大きな梅の木、そのてっぺんが、わたしのお気に入りの場所です。
 おじいさんとおばあさんが住む古い家の庭に、その木はあります。
 わたしが木のてっぺんで羽を休ませていると、おじいさんとおばあさんは木の下でお茶を飲んだり、おにぎりやおまんじゅうを食べたりします。
「今年もきれいに咲いたなぁ」
 おじいさんとおばあさんは、梅の木を見上げ、満足そうにほほえみ、顔を見合わせます。
 わたしは、木の上から、そんなおじいさんとおばあさんを見るのが大好きでした。

 おじいさんとおばあさんは、小さくて、背中はちょっと丸まっていて、髪の毛は真っ白です。
 ふたりは、広い庭の片隅で野菜を作っています。トマトやキュウリがなります。庭にはみかんやいちじくの木もあります。
 高い木の上から、庭で作業をする二人を見ると、わたしは優しい風を感じることができます。

 でも、今年の夏頃から、おばあさんが消えました。おばあさんの姿が、庭から消えてしまったのです。
 庭の木の上で、わたしは首をくるくるまわして、おばあさんを探しました。
 庭にしゃがみ込んで、草を引っこ抜いているのは、おじいさんだけでした。

「すずむしの声の美しいこと」
 毎年、お月さまがまんまるになる秋、おじいさんとおばあさんは、庭に座って夜空を見ていました。
 でも、今年は、おじいさんひとり、立ったまま、お月さまをちらりと見ただけでした。
 おじいさんの家はまっくらで、夜に溶け込んでいました。
 おばあさんは? 家の中で寝ているのでしょうか。

 冬になると、木々の葉は茶色くかさかさになり、やがて落ち、風にのって庭中を走りまわりました。 
 かさこそ、かさこそ。乾いた音を聞きながら、わたしはあいかわらず梅の木の上で、おばあさんを探しました。
 おばあさんはどこに行ってしまったのでしょう。

 ある日、おじいさんが庭で穴を掘っていました。ざっく、ざっく。細いうでで大きなシャベルを持って、ざっく、ざっく、穴を掘っていました。
 わたしは木の上から、おじいさんを見つめました。庭の土はかたいのか、なかなか作業は進みません。おじいさんの額には汗が浮かんでいました。

 次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、昼にも夜にも、梅の木の上からおじいさんを見つめました。
 おじいさんは少しずつ穴を掘っていました。
 首にタオルをかけて、シャベルを地面に刺すと、右足に体重をかけるようしてシャベルを踏みます。シャベルが深く土に刺さると、両手で柄の部分を持ち上げます。
「うぅ。はぁ」
 おじいさんはうなったり大きく息を吐いたりしながら、シャベルを持ち上げました。そして掘った土は、横に放り投げました。
 やせているおじいさんのどこにそんな力があるのでしょう。来る日も来る日も穴を掘り続けるおじいさんのことが心配になりました。
 ときどき、シャベルの先が石に当たって、カーンという冷たくかたい音が響きます。そのたびに、わたしの胸もぎゅっとかたくなりました。

 穴はどんどん大きくなってきました。
 おじいさんは何のために穴を掘っているのでしょう。

 雪が舞う日もありました。
 梅の木のてっぺんにいるわたしに、誰も気づきません。
 おじいさんが庭に出てくる日も少なくなりましたが、庭の穴は深く、縦と横の幅はちょうどお布団くらいになっていました。
 すっぽりと人間が入る穴。
 わたしは嫌な想像をしてしまいます。ここに寝る人は誰だろう、と考えてしまったのです。
 
 梅のつぼみがふくらみ始めました。小さなピンク色が辺りを明るくします。
 わたしはなんとなく陽気な気分になって、木の上で歌いました。ケキョケキョ。ケキョケキョ。
 穴を掘っていたおじいさんが、わたしの方を見上げて、目を細めました。
「ないてくれるか? ないてくれるのか?」
 おじいさんは、わたしにそう言いました。

 ある日、梅が満開となったある日のことです。  
 おじいさんは、穴の横にできた山の上にいました。穴を掘って出た土は、穴の横で山になっていました。
 おじいさんは、その山の側面と頂上をシャベルで叩いて固めました。
「おぉーい、できたぞお」
 おじいさんは、そう叫んで、家の方に走っていきました。
「山ができた。山ができたぞ」
 おじいさんは、家の中に入って行きました。
 そして、おばあさんと一緒に、家から出てきたのです。
 おばあさん、おばあさんです。
 久しぶりに見るおばあさんは、やせて、杖をついて、ゆっくりと歩いていました。
「まぁ、ほんとに山をつくったのね」
 おじいさんは、微笑むおばあさんの手をにぎりました。  
 二人はゆっくりと庭に誕生した山を登ります。
 こんもりとた山の頂上、おじいさんが丁寧に平らにした場所。二人はそこに座り、仲良く梅の木を見上げました。
「ここからなら、よく見える」
「花にも、あの鳥にも、近くなりましたね。よく見えますね」
 おじいさんとおばあさんは、楽しそうにそう言って、わたしを見つめました。

 そうです。おじいさんは、山を作っていたのです。穴を掘っていたのでは、なかったのです。
 わたしは木の上からすべてを見ていると思っていましたが、見えていませんでした。
 ああ、わたしの目こそ、穴でした。
 
 わたしは、歌いたくなりました。
 ほーほけきょ。ほーほけきょ。
「まぁ、今年は上手になきますね」
「元気が出るな。元気が出るなき声だな。」
 今度は、わたしが二人に近づく番です。
 わたしは歌いながら羽を広げました。

 


半径の注💋
 シャベル? スコップじゃねぇのか?と思ったそこのあなた!東日本にお住まい?
 大きいものをシャベル・小さいものをスコップと呼ぶのは主に西日本。東日本はその反対だそうです。
 JIS(日本工業規格)では、足をかける部分があるものをシャベル、無い物をスコップとしています。土を掘る大きいやつはシャベルね。そう、JISと西日本は同じなんですね。
 あと、シャベル? ショベル? って問題もありますね。英語のスペルは「shovel」なので、発音的には「シャベル」らしいけど、えっ?みんなショベルって言ってない? ショベルカーって言ってない? 私はそうだよ。
 あぁ、めんどくせ。調べ出すと、どんどん穴が深くなるね。シャベルだけに。いや、ショベル?スコップ?
 おまけに、これは童話として書いたのだけど
童話と言って良いのか、それも?でございます。

 読んでくださり、ありがとうございました。

 


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