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モッチー編集長の高松日記11〜高松城〜

こんにちは。モッチー編集長こと望岡季世彦(もちおか・きよひこ)です。
このアカウントでは高松の好きなところ、高松経済新聞の取材を通して感じた高松の魅力をお伝えしていきます。

本日お伝えするのは「高松城」です。

海城・高松城

現在の玉藻公園にあった高松城。

高松市民なら一度は目にしたことがあるだろう「高松城下図屏風」 17世紀に描かれたもの
(Wikipediaより)

この屏風を見ていただくとわかるように、かつては城壁が瀬戸内海に直接面し、濠も外濠・中濠・内濠と3重になっていました。外堀の南端は丸亀町商店街の北入口のあたりで「常磐橋」という橋が掛かっていました。今も三越近くにそのことを示す看板・記念碑があります。
3重の堀には海水が引き込まれ、城内には軍船が直接出入りできるようになっていました。

和舟の乗船体験もできます
横を見れば鯛が!餌やりもできます

高松城は水軍の運用も視野に入れ設計されていた日本初の本格的な海城なのです。

四国最大級の天守

高松城の天守ですが、1884(明治17)年に取り壊されて現存しません。

1882年撮影された天守写真(Wikipediaより)

この天守を再建するべく、多くの方々が日々活動しています。再建を題材にしたオリジナル映画も制作されました。
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さて、実は僕は高松城の高さを最近まで知りませんでした。高さを知ったのは昨年12月、同園内で松ぼっくりのクリスマスツリーが作られたというニュースを取材した時でした。
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同園内に作られた松ぼっくりのツリー

この8本の高さの合計は26.6メートル。これが高松城天守の高さと同じだとのことです。

・・・この高さってどれくらいなのでしょうか?
四国の天守で見てみると、
松山城:約20メートル(鯱鉾を入れて21.3メートル、現存する中では四国最大)
高知城:18.5メートル
今あるものを上回ります。

近い高さのものを調べたら、
松本城:25メートル

松本城天守(Wikipediaより)

そのレベルの城があったと知って驚きました。そしてこれが海から見えたら…と考えると非常にワクワクします。天守を見るクルーズ見たいという人結構いらっしゃるんではないでしょうか?僕は見たいです!

とはいえ再建への道のりはまだ遠い

「高松城の天守再建」の気運は市民の中で高くあるものの、見取り図などの資料の不足、建築基準法を満たした上での再建の必要など乗り越えなければならぬハードルがいくつもあります。
それでもやはり天守を見てみたいです。
僕は大学時代の4年間を松山で過ごしました。県外の人間でもふと見上げると松山城があるのが見守ってもらっているようで、何だか嬉しかったのを今でも覚えています。県外の人間ですらこのような気持ちを抱くのだから、地元の方々にとってこの天守はどれだけ自慢に思えるでしょう。
「玉藻公園はあるけれど天守はない」というのは何となく高松の人々の心にぽっかりと穴を開けたような気持ちにしていると感じます。ぜひ生きている間に天守を見たいと願って今日は終わります。

中央通りからの高松城復元将来像図(玉藻公園HPより)

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